それぞれの道

「いやーーー」

分けがわからない雄たけびを上げている人間に見覚えが有る。
おまけに、大きく手を振りながらこちらへと向かってくる。今までそんな感情を抱いた事はないけれど、少しだけ他人のふりをしたくなった。
だけど、その人はそんな私に気がつくはずもなく、大声で私の名前を連呼している。
注目されているのは気のせいではない、と思う。周囲を見渡して、ちょっと気が遠くなる。

「尚子さん…」
「いやいやいやーーーー、卒業なんて!」

がっちりと私をホールドしたままの尚子さんは、やっぱりよくわからないことを叫んでいる。ようやく走ってきた尚子さんに追いついた四宮先輩が、肩で息をしながら尚子さんの制服の袖を掴む。

「いいかげんにして、最後の最後で変態行為は謹んでちょーだい」
「なにが変態行為だ!私の麗しい師弟愛がわからんか」
「いや、師弟じゃないし」

どちらかというと、最近いいように使い走りにされていると聞く真柴君の方がそれにしっくりくると思う、と、久しぶりに彼の名を思い出して、私の気持ちが乱されないことに気がつく。
彼のことは許せない、だけど、時と共にその感情が薄らぐ事もあるのだと、ようやく落ち着いて考えられるようになった。今なら、彼と至近距離で出会ったとしても、僅かな恐怖心を除いて、普通にしていられると思う。

「あーーーーーー、魔王から救えなかった」
「だから、祐君は魔王じゃないですから」

最後まで祐君のことを好きになれなかったらしい尚子さんは、悔しそうにしている。
私としてもどうしてそこまで祐君のことを毛嫌いするのかがわからなくて、どう答えていいのかわからなくなる。

「まあ、和奈ちゃんも成長したみたいだし」
「はぁ」
「いいなりっていうより振り回しているみたいだし」
「そうでしょうか」
「自覚がないのがまたポイントってかんじだし」

わかるようなわからない会話を交わしながら、苦虫を噛み潰したような顔をした祐君は、私のすぐ側で尚子さんと私には良くわからない言語でサイコバトルを展開している、らしい。
ため息をついた四宮先輩の隣に立ちながら、合格と卒業のお祝いを述べる。
四宮先輩は、その雰囲気どおりに、調理師系の専門学校に進むらしい。とても先輩に似合っていて、素敵な進路だと心から思う。

「これで秋山ちゃんの面倒をみるのも最後か」
「何言ってんの?あんたも私も住むとこ近いじゃん」

しみじみと感傷めいた言葉を口にした四宮先輩を一刀両断にするのは尚子さんで、どうやらこの二人の関係はもう少し先まで続いていくようだ。
安心したような、どこか寂しいような。
卒業していく先輩を見送って、私はまた祐君と二人きりになる。

「来年は私たちも卒業、か」
「その前に大学に合格しないとね」
「うーーーーー、それを言われると」

相変わらずの数学は、合格点すれすれを低空飛行している。赤点をとらなくなっただけましかもしれないけれど、それでもそれが足を引っ張っているのは間違いない。

「来年笑っていられるように」
「……はい」

笑顔で、だけど妥協を許さない雰囲気を醸し出した祐君との勉強会を思い出す。
私も、来年になればこうやって笑っていられるといいな、と、思いながら。



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KanzakiMiko/2.13.2008