喧嘩4

「おまえもたいがい執念深いよな」

二週間がたって、勘弁してくれ、といった美紀ちゃんをおいて、昼休みは鈴木先生のところへ逃げ込むことにした。鈴木先生はもはやここでしか吸えなくなってしまった煙草を思う存分吸っており、どちらかというと風通しの悪いこの部屋は白く煙っている。

「そう?」

怒りが持続中の私は、相変わらずお兄ちゃんの協力で祐君をさけまくっている。

「まあ、そういう頑固な部分があるところは知ってはいたが」
「頑固じゃないもん」

力いっぱい卵焼きをフォークで突き刺し、ついでに、それをひょいっと鈴木先生に奪われる。

「…最後の卵焼き」
「ほら」

恨みがましい視線を送りすぎたのか、調理実習で作ったと思われるお菓子をさしだす。

「なにこれ?」
「差し入れだそうな」
「ふーん、相変わらずもてるんだね。こんなに無愛想なのに」
「焼かない焼かない」
「ばっかじゃないの?」

軽口をたたきあいながら、それでも綺麗に作られたそれらを一口齧る。

「味は?」
「……微妙」

綺麗な形に騙されて、味までもそうだと想像してしまった自分が悪いのか、見事に裏切られたそれを無理やり飲み込む。

「やっぱり」
「ひどっ」
「これだけ差し入れされていれば、鼻も効くってもんだ。まあ、それは上手くはないがっていうレベルだから問題ない。もっとも最近ではほとんど口にすることもないがな」
「一応最初の頃は誠意ってもんがあったんだ、先生にも」
「やけにつっかるな、そんなに高柳のことが気になるのなら、さっさと仲直りでもなんでもしてこい」
「うーーーー、先生までそんなこと」
「あんまり田中に迷惑かけるな、どうせ一番被害を被っているのはあいつだろう?」
「それは、そうかもしれないけれど」

私と祐君、共通の知り合いというのは女の子だと美紀ちゃん、秋山先輩ぐらいで、男の子だと山田君ぐらいしかいない。その中で一番私と仲が良く、なおかつ当然祐君と同学年である美紀ちゃんは、私と祐君の間に挟まれる事が多い。
確かに、私は美紀ちゃんにすっごい迷惑を掛けているかもしれない、そう思った途端、ようやく私自身の怒りの落ち着き先が見えてきたような気がした。
私としても一旦怒ったはいいものの、その怒りをどういう風にすればいいのか全くわからなかったから。本当のこというと、怒ってみせてはいたものの、どうしていいのかわからずに途方に暮れていたというのが事実なのかもしれない。着地点をみつけたからには、とりあえず祐君と話してみようと、とりあえず授業後に一緒に帰ることから始めてみようと考える。
やっぱり、祐君と話せなかったこの期間は、とても寂しかったのだと改めて思い出しながら。



「和奈」

今さらどうやって話し掛けていいのかがわからず、それでも祐君の隣を無言で歩く。祐君の嬉しそうな顔を見て、少しだけ後悔して、それ以上にあたりまえのように再び迎え入れてくれたことが嬉しい。ボルテージが上がっている状態の時には考えてもいなかったことだけど、こんな私に愛想をつかしてどこかへ行ってしまう可能性だってないわけじゃない。そんな簡単なことにも気がつけなかった私はとても傲慢で自分勝手だ。

「ごめん、祐君」
「どうして和奈が謝るの?」

本当に不思議そうな顔をして、祐君が綺麗に笑う。
その笑顔で、私はいつまでもこの人のとなりにいたいと思っているのに、と、幼稚な自分の行動を後ろめたく思う。

「……でも、進路は決めた通りだから」

静かに頷いて、それで今までも溝がなかったかのように、久しぶりに二人で色々なことを話して帰る。こういうあたりまえの毎日が、もうすぐあたりまえじゃなくなってしまうってことをなんとなく、こんなときになって実感する。

「本当のこというと、寂しかったんだ」

安堵の表情を浮かべ、祐君が呟く。一週間以上まともに顔を合わせなかったのだから、私としても寂しかったけれど、祐君の寂しい、は、それとは違うような気がして、次の言葉を待つ。

「和奈が自分で将来の事を決めたってことが」
「……でも、それって当たり前じゃない?」

今までがおかしかったのだ、祐君に頼りすぎていた私。祐君の言うとおりにしてくれば、全てが大丈夫で、でもどこかで祐君のせいにもできる楽なポジションに安穏としていた。
心のどこかで気がついていたのに、周りが私と祐君をセットで見ていることをいいことに、気がつかないふりをしていただけ。

「いつのまにか、和奈は僕の言う事を聞いてくれるのがあたりまえになっていたみたいだ」

祐君の自嘲気味な告白に、罪悪感が溢れ出す。
そうさせたのは私だ。
いつまでも頼って、祐君ばかりに決めさせて、一人では何も出来なかった、しようとしなかった自分。

「だけど、そうさせていたのは、私のせい、だから」
「違う、和奈。そうして欲しかったのは僕なんだから」
「でも」
「和奈、僕はね、和奈が何も出来ない子になるのが嬉しかったのかもしれない、僕に頼って、僕だけを見てくれる」
「祐君……」

いつも自信に満ち溢れている祐君が初めてみせる弱い自分。
昔の私なら、驚いてどうしていいのかわからなくなるだけだっただろう。
だけど、今では祐君も普通の同い年の男の子だって、気がつくことができるようになったから。

「だから、ごめん、和奈に八つ当たりをしたのは、僕の見当違いの嫉妬からなんだ」

やっぱり、私はこの人が好きなのだと、柔らかい笑みを湛える祐君を見つめながら思う。

「本当に、ごめん」

ぎゅっと握り締めた祐君の手が冷たい。
掌から私の気持ちが伝わって暖かくなってくれればいいのに、そんな思いを込めて縋るように祐君の手を握りつづける。

「大丈夫、私は祐君のことが大好きだから」

祐君の方を見つめられずに、視線は人通りの少ない道路の方へ向けられたまま。
小さく頷いた祐君の気配だけを感じながら、二人一緒の帰り道。
いつまでも何もかも二人一緒に過ごせるわけではない、ということに、気がついて、それでもいつまでもそんな日が続けばいいのに、と、夢みたいな事を思った。



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KanzakiMiko/2.6.2008