喧嘩3

「見たくもない顔がこの部屋に存在しているのは不愉快ですが?」

ヒエラルキーの最下層にいる自分が今日も部活の前に下働きを終えた後、唐突にあまり会いたくなくて、向こうはより俺の顔を見るのもいやだろう相手が現れた。
砂糖やら小麦粉やらの袋を持ったままの俺は、逃げ出す事もできずに、おもいっきり視線を合わせてしまった。

「うーん、ごめんね、下僕だから」

秋山先輩は大して悪いとは思っていないくせに、口先だけで謝ったりしている。それが唐突に現れた人物、高柳先輩の神経を逆撫でするのか、綺麗な笑顔が僅かにひきつっている。

「だいぶ弱ってるみたいじゃん」
「あなたには関係がないことでしょう」
「余裕ないわねぇ、それぐらい嫌味で返しなさいよ」

弱っている、というのは、アメーバの分裂より素早い勢いで広まっていった、高柳先輩と和奈さんの冷戦状態の話だろう。どこからどうみても隙がない二人に、突然ふって沸いた亀裂に、女子も男子も狂喜乱舞状態だった、のは少し前の話で、高柳先輩がストーカーばりに和奈さんの後を付回している現在の状態は、ヒートアップした女子への冷や水、やっぱり隙がないと、諦める理由を男子へとこれでもかってぐらい投げつけている。

「わざわざそんなことを言うために呼び出したんですか?まあ、のこのこやってくる自分も自分でしょうけど」
「うん、まあ、当たらずと言え遠からずってかんじ」

どうして、この空間に俺がいなくてはいけないのかがわからない。
雑用が済んだのだから、俺は部活へ行けばよかったのだ、だけど、逃げるタイミングを逸してしまった立場としては、なんとなく逃げにくいのと、この対決を見てみたいという好奇心が勝ってしまった。

「謝ろうかな、なんて、殊勝なことを思ったりしたわけよ」
「はぁ?」

思わず自分が声に出してしまいそうになり、慌てて口を塞ぐ。俺の気持ちは高柳先輩が思いっきり代弁してくれているし。

「それは、そこの大馬鹿者をけしかけたことを、ですか?」

急に話をふられ、今でも鋭い視線に切り付けられ思わず身を竦める。俺のやった事は許されることじゃないし、やっぱり、高柳先輩は許していない。割とのんびりした日常に浸っていた自分が、どれほどアホなのかと、情なく思う。

「違う違う、そこじゃない。まあ、この大馬鹿者がやらかしたことについては謝るけど、けしかけたことは別に後悔していない。あの時は和奈ちゃんに少しでも外を向いて欲しかったから」
「親兄弟でもないのに、どうしてあなたがそこまで和奈に口を突っ込むのかがわかりませんね。僕が嫌いにしても」
「嫌い、そうだね、確かにあんたのことは嫌いだよ」
「ええ、僕もあなたのことは好きではありませんから」

面と向かって言われたわけでもないのに、嫌いと笑顔で言い合う二人の間に入っているとお腹が痛くなってくる。それほどやわな神経をしているとは思ってもみなかったけれど、結構こういうのはくるものらしい。

「だけど、嫌いだけど、あんたのことは気になる」
「和奈じゃなくてですか?」

秋山先輩は、和奈さんに執着しているのはわかりやすすぎるほどわかりやすく、いつも愛玩動物に接するかのように彼女をかわいがっている。だから、それに当たり前のようにくっついている高柳先輩のことが嫌いなのかと思っていたのに、そうじゃない、らしい。わけがわからなくて、思わず呼吸をするのも忘れそうになる程緊張をする。

「あんたが、昔の私と四宮の関係に似ていると思ったから」
「四宮先輩?」

どちらかというと癒し系で、小さくかわいい四宮先輩の名前が出てきたことで、高柳先輩の表情が一瞬穏やかになる。

「四宮には私がいないとダメだと思っていた頃の私と四宮に、だけどね」
「四宮先輩は、あなたがムチャクチャだから目立たないだけで、随分しっかりした人のように見受けられますが?」
「そう、そーなんだよね。その通りなんだよ。たぶん私なんかより、ずっとちゃんとしてるんだよ、四宮は」

料理部の部長は秋山先輩だけど、実質それを支えているのは四宮先輩だ。求心力とそれを維持するパワーがある秋山先輩だけど、口に出した計画を着実に根回しして実行しているのは四宮先輩だ。そういう面倒くさい事は秋山先輩は一切しない、雑用係の俺から見ても言い切れる。
恐らく料理部が上手く軌道していたのは、四宮先輩の力によるところが大きいと思う。どうしてだか暇そうな秋山先輩とは違って、きちんと引退している四宮先輩は料理部にはすでに関わっていない、その代わりに俺が雑用係に任命されているようなものだ。

「だけどさ、昔はそれがわかんなかったわけよ」

俺が知っているのはすでにもう今の形となっている二人の関係だけだ。ボケとツッコミ、リーダーと参謀役、二人はとても相性のよい友達同士にみえる。

「一方的にこの子は私がいなくっちゃだめなんだって、思ってた。昔四宮がいじめられていたせいもあるけれど」

四宮先輩は、いじめられるようなキャラクターではなく、どちらかというと癒し系だ。だけど、昔のもっとガキの頃の俺が先輩と出会っていたならば、その背の低さや、どちらかというと引っ込み思案ともとれる態度をからかうぐらいのことはしていたかもしれない。それが本人にとってどれだけ嫌なものかもわからずに、ガキで馬鹿な俺はしでかしていたかもしれない。そう考えると、俺とそうメンタリティーが変わらないアホな子どもは多いわけで、いじめられた過去をもっていたとしてもおかしくはないのかもしれない。

「ぜーーんぶ、私が追い払って、私だけが友達だよって四宮に言っては満足してた」
「縛るだけ縛って優越感に浸っていたわけですね、友達という言葉で」
「痛いことをさらっと言うなぁ、相変わらず。って、まあ、その通りなんだけど」

なんとなく、秋山先輩の言っていることがわかるような気がした。
秋山先輩は四宮先輩に対して友達だよ、という一方で四宮先輩のまわりから全てを遠ざけていたんだ。だからこそ、幼馴染と言う言葉で和奈さんを縛り付けているようにみえた高柳先輩のことを毛嫌いしていたんだ。同属嫌悪として。

「だけど、思ったより四宮さんは芯が強かった、と」
「そう、いっぺんむちゃくちゃ大喧嘩して一ヶ月以上口聞いてもらえなかったことがあるんだけど、私の方がさっさと白旗揚げて降参したという情ない過去もあったりして」
「で、それを僕と和奈の関係になぞらえたと」
「うーーーん、半分当たってはいるっしょ?あんただって和奈ちゃんの周りから慎重に危なそうなのを取り除いているみたいだし」
「転ばぬ先の杖、ともいいますが」
「それじゃあ、和奈ちゃんは一人で歩けなくなる、と、思ってたんだけどね」
「今回の和奈との騒動を聞いて、謝りたいと」
「そういうこと、思った以上に和奈ちゃんって気が強いみたい」
「予想通りに動いて、思い通りになる人間に、こんなに執心なんてしませんよ」
「そういうことっていうか、私も彼女の見た目に騙された口ってことね」

和奈さんの内面もあわせて、彼女の事を気に入っているはずの秋山先輩でも、彼女の雰囲気には騙されていたようだ。それだけ、過去の四宮先輩とのいざこざのせいで、目が曇っていたのかもしれないけれど。

「謝罪は受け取りませんし、あなたと和解するつもりはありません」
「そういうと思ったっちゅーか、私としても和奈ちゃんが新しい世界に飛び込んでいくのを諦めたわけじゃないし」
「あなたがそんな画策をしなくても、和奈はちゃんと自分で世界を切り開いていきますよ」
「そうだといいけど」
「もちろん、最終的に戻ってくるのは僕のところですけどね」

他の人間がいうとどう考えても首を締めたくなるようなセリフも、高柳先輩の綺麗な顔から零れるとさまになる。
思わず呆然として、高柳さんが立ち去るのを見送る。
我に返った後、こっそり秋山先輩の顔をみると、同じように唖然とした顔をしていて驚いた。
こちらの視線に気がついたのか、さっさと部活へいけというジェスチャーをして追い払われてしまった。
高柳先輩と秋山先輩の直接対決は、俺判定では高柳先輩の勝ちだよな、なんて、くだらないことを考えながら。



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KanzakiMiko/2.4.2008