喧嘩2

「……ごめん、和奈。いいかげん仲直りしてくれない?」

あれ以来、祐君の行動を先読みしながら、ことごとく一人で学校へ来ている。そろそろ一週間程になり、私が生まれてから祐君と離れた時間としては最長期間へと突入しそうだ。もちろん、私より知力も体力もある祐君を交わすことは簡単じゃなく、早めの冬休みに勝手に突入しているお兄ちゃんのおかげによるところが大きい。なぜだか知らないけれどやたらと嬉しそうなお兄ちゃんは、面倒がらずに車で送り迎えもしてくれるし、土日はお兄ちゃんの下宿先でDVD三昧なんていう今までにないことも兄妹でしてみたし、それはそれで思いのほか楽しかったりもした。
私の怒りは、なぜだか一向にボルテージが下がらず、祐君に対しては怒りっぱなしを持続している。
それだけ、私にとっては祐君の存在が大きいという事で、だからこそ、私のことをあんな風に扱った祐君が許せないでいる。

「いいかげんって、まだ一週間もたってないけど?」
「毎日毎日うっとうしくてしょうがないんだけど」

元々登下校は一緒にしていたけれども、クラスが違う私と祐君はそれ以外の接点は意外なほど少ない。だから、それさえ避けてしまえば、校内では会うことのほうが稀なのだ。だからこそ、なのか、あの日以来祐君は一時限目が終われば現れ、二時限目が終わった途端に出没する、といったうっとうしい行動に出始めた。
もちろんお昼休みである今も、なぜだか私と美紀ちゃんが楽しくお弁当を食べている間に割り込んでいる。

「無視すれば?」
「これが無視できるほど私の神経太くできてないんだけど?」

いつになく真面目な表情で隣に座っている祐君は、あれから思いつく限りの謝罪の言葉を口にしている。今でも、口を開けば謝りそうで、それはそれでなぜだか妙に腹が立ってしまう。

「ごめん、和奈」
「……」

どれだけ繰り返したのかはわからないそのやり取りを、クラスメートが半分興味深そうに、半分あきれ返って見守っているのがわかる。 初めはおもしろがって私の話を聞いてくれていた鈴木先生も、今ではいいかげん許してやれ、と投げやりになってしまったことでもわかるように、ここまでひっぱって怒りつづけている私の方がいいかげんしつこいのだとも思う。
だけど、一番近くにいて、一番理解して欲しい人間に理解してもらえなかったことは、怒りよりも悲しくて、それがまた今の感情に燃料をじゃんじゃん放り投げている状態だ。
やっぱり、今日一日も私は祐君を許せなくて、でも、だからといってあからさまに邪険にすることもできなくて、美紀ちゃんに迷惑をかけまくる生活はもう少し続くのかもしれない、と、心の中で美紀ちゃんには謝った。



「喧嘩?」
「ふふふふふ」

不気味そうな笑いを湛え、秋山先輩が悪の首領のような雰囲気を漂わせている。
和奈さんに謝ってからの俺は、憑き物が落ちたかのように冷静に和奈さんのことを考えられるようになった。もう二度とあんな風に切迫したような思いにかられることはないだろう。いまだに残るはっきりとした恋心はどうにもできないけれど。

「どうでもいいですけど、いいかげん現実に戻ってもらえませんか?」

元々良いとは言い難い成績があからさまに上を見ればきりがなく、下を見れば後がなくなってしまった今、どういうわけだか秋山先輩が俺の家庭教師を引き受けてくれた。
受験生でもうすぐセンター試験もせまる、という秋山先輩にどうしてそんな余裕があるのかわからないけれど、あの迫力の有る態度でせまられれば、ジリ貧の成績にあえぐ俺には拒否することなどできやしかなった。
おまけといえはおまけとして、なぜだかいまだに君臨している料理部の使いっぱしりをやらされているのは、どう考えてもはめられたとしか言い様がない。

「あーー、はいはい、っていうか、そこ違うから」

どうしてこんな人が、というか、こんな人だからなのか、秋山先輩は頭がいい。どこまでも馬鹿な俺の脳みそにも届くように説明してくれるし、なんだかんだで面倒見も良い。こき使う率も高いけれど。

「つーか、喧嘩って珍しいっすね」

高柳先輩と和奈さんが喧嘩をするなんて、それこそ東京都にパンダが闊歩するぐらいありえないことだと思っていたのに、あんな二人でもそんな人間臭い事をするだなんて、俺はまだあの二人を神聖視している部分があったのだと驚く。

「珍しいも珍しい、もう、イリオモテヤマネコ以上に珍しいし」
「わかるようなわからんような」
「しかも、和奈ちゃんの方が一方的に魔王を怒っているっていうんだから、腹を抱えて笑うところよね」
「……、いや、和奈さんって結構怒らせると恐いっちゅーか」

お人形さんのような外見とは裏腹に、彼女は結構きついことをさらりと言う。さんざん色々な事をやらかして、怒らせている俺は十二分に彼女の恐さが身に染みている。

「チャンスよね」
「なにが?」
「姫を救出する」
「誰から?」
「魔王から」
「誰が?」
「んーーーーーーー」

訳のわからない方向へといった秋山先輩の突飛な会話を交わしつつ、俺にとっての難問奇問に取り掛かるのは少し難しい。この人の放言を全て聞き流し、さくさくと物事を進めていく四宮先輩が実は一番すごいのじゃないかって思うほどに。

「あんまり小細工はしないほうがいいんじゃないっすか?俺がいうのもなんですが」

最低で最悪な俺が言うべきことではないけれど、あの二人はこれ以上傷付いて欲しくもないし、悔しいけれどあのままお似合いの二人でいて欲しい気持ちが強い。

「でもさぁ。やっぱチャンスっしょ」
「いいかげん現実を見てください」

書いては消すを繰り返して、とてもみすぼらしくなったノートを指差しながら、家庭教師の役を思い出してもらう。
昨日は料理部でさんざん力仕事をさせられたのだから、今日ぐらいはまともに教えてもらってもばちは当たらないと思う。

「あー、はいはい」

何かを考えていそうで、でも、ようやく教える気になってくれた秋山先輩が飽きないように、俺は次々とわからない問題を聞き倒していく。
和奈さんと高柳先輩の二人が、やっぱりどこかで気になりながら。



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KanzakiMiko/2.1.2008