「何のつもりだ?」
絶対にここにいれば会えると、和奈さんの下駄箱の前で待ち伏せをする。一人一人帰っていく生徒たちは、こちらをチラリとみるものの、すぐに興味を失って、まっすぐ家へと帰っていく。
待っている間、どれだけ逃げ出したかったのかはわからない。
正直、今だって逃げ出したい。
だけど、勝手なようだけどこのままじゃダメだと思ったから。
鋭く高柳先輩に切り出され、再び逃亡したい思いにかられる。肝心の和奈さんは、薄暗い中でもわかるほど顔の色を失っている。当然のように高柳先輩にしがみ付き、チクリと胸が痛む。
「和奈先輩に」
「こっちに用はない」
あっさりと高柳先輩に切り捨てられる。膝はガクガクしているし、元々苦手意識があったこの人には完全に位負けしている。
「……、祐君、待って」
震える声で高柳先輩の後ろに隠れている和奈さんが声をだす。その声が再び聞けただけで嬉しく思う心を止められない。
「何か?」
少しだけこちらへ半身を出し、やっぱり声は震えたままで和奈さんに訊ねられる。まさか、彼女に直接声を掛けられるなんて思ってもいなかったから、舞い上がってしまいそうになる。
「すみません、あの」
深呼吸をして振るえる膝に力を入れる。
高柳先輩は相変わらずこちらを睨みっぱなしで、だけどここでまた逃げ出すわけにはいかない。
「俺、すみません、こんなこと言える立場じゃないのはわかってるんですけど」
喉に何か薄い紙がはりついたように、思ったように声が出てくれない。和奈さんは少しだけこちらの方へと姿を現し、それでもまだ震えは止まってはくれない。
「あの!俺、好きです、和奈さんのこと」
一瞬だけ間が抜けたような顔をした高柳先輩は、すぐに険しい表情へと戻る。いや、さらに険しくなってその視線だけで俺を射殺しそうな勢いだ。
言えるだけ言った俺のほうは、何かつきものがおちたようにすっきりとした気分になっていた。もちろん、膝は震えたままだけど。
「この期に及んでよくそんなことが言えるよな、君も」
冷たい視線はそのままに、高柳先輩がはき捨てる。
それは、自分もそう思う。
あんなことをしておいて、今さら告白だなんて大バカすぎる。
だけど、噛み付きそうな高柳先輩に隠れたままの和奈さんは、こちらを恐がってはいるものの、それでもゆっくりと先輩の背中からこちらへと姿をみせてくれた。まだ、彼女の右手は先輩の左腕の袖を掴んだままだけれど。
「ごめん、私、祐君のことが、好きだから」
ほんのりと頬を染め、照れた和奈さんは文句なしにかわいい。やっぱり、俺の隣じゃなく、先輩のとなりでこそ彼女はかわいいのだと思い知る。
「はい、わかっていました。わかって、いたはずです」
いつのまにか暖かい物が頬を流れ落ち、それが自分の涙だったのだと気がついたのは、深く頭を下げて謝罪したときだった。
ぼたぼたと地面に落ちる水滴を和奈さんに見られたくなくて、俺はずっと地面をみつめたままだ。謝罪の言葉だけが真っ暗な廊下に吸い込まれていく。後に残るのは、三人の息遣いだけ。
「ごめん、私、たぶん許せない」
「許して欲しいわけじゃ!」
「だけど、許せない自分も嫌い」
やっぱり、と、どこかで想像していた通り、俺の存在そのものが彼女を苦しめている事実にギリギリと心が痛む。
「だから、もう、私に関わらないで、欲しい」
アタリマエと言えばアタリマエの答えに、もう遠くで見つめる事すら迷惑になるのだと実感する。
「それと、できれば、だけど」
彼女が紡ぐ言葉に、思わず顔をあげる。
まっすぐに、怯えた色は残したものの、こちらを見据える瞳は、とても綺麗だ。
「忘れて欲しい、全部」
高柳先輩に肩を抱かれて和奈さんが俺の隣を通り過ぎていく。
たぶん、これが最後の機会。
これからは、何も知らない通行人のような存在にならなくてはいけないのだから。
どこかで曲がってしまった恋は、恋した相手を傷つけるだけに終わってしまった。
もう二度と、その声すら聞くことができないだろうけれど、せめて、俺なんかに思われても嫌かもしれないけれど、和奈さんにはずっとずっと笑顔でいて欲しい。
それすらも勝手な願望でしかないのかもしれないけれど。