「で、どうだった?」
ぎくしゃくしつつもなんとか平静を装って登校した月曜日、なぜだか興味津々といった様子で美紀ちゃんが近寄ってくる。それに伴ってこころなしかクラスメートも視線こそこちらへ向けないものの、耳だけがこちらへ傾いているような気がする。最近では被害妄想めいたことまで感じ取ってしまい、少々息苦しい。
「どうって……」
たぶん、美紀ちゃんが言っているのは祐君とのデート、のことだと思う。だけど、どう、と言われても別に、としか答えようがない私としては、その勢いに押されたまま後ろへさがるしかない。
「その様子じゃあ、いつものように二人して仲良しこよしでどこかへ遊びに行った……だけ、か、やっぱ」
小さくお手上げのポーズをして美紀ちゃんを落ち着かせる。
「だけ、とか言われても」
「まあ、そんなもんよね、そんなもの。デートって意識しただけ上出来ってかんじ?」
「あんまり言われるとちょっと苦手になるんだけど」
デートだと意識した途端まるで動かなくなった手足を思い出し、左手で右手を確認するように撫でる。今までと同じことをしているのに、その意識が変わるだけでこんなにも変わってしまうだなんて知らなかったから。
「ふっふっふ、これでようやく恋話も和奈とできるってもんよ」
「美紀ちゃん、好きな人、いるの?」
そういわれてみれば、私は美紀ちゃんのことを知っているようで全然知らない。今まではあまりそういうことに興味がなかったから聞かなかったし、美紀ちゃんも話さなかった。だけど、それが今の私には残念で少し寂しく感じる。
「いるというか、いないというか、ここではなんというか」
美紀ちゃんはもてる。どちらかというとボーイッシュでスポーツもできる彼女は下級生の女の子にもすごく慕われているけれど、上下を問わず男の子にも気軽に声を掛けられることが多い。ほとんどが友達として彼女に声を掛けているのだけれど、そのうち何割かは、下心があるとかないとか、ということを鈴木先生に説明してもらった記憶が蘇る。言われた当初は全く現実味がなかったけれど、ようやくその言葉の意味がわかったようなわからないような。ともかく、美紀ちゃんがそう言う話を全くしなかったのは、相手が私だったからで、それを寂しいとか水臭いとか言えるような立場じゃないことは確かかもしれない。
「そう言う話はぜひ泊り込みで私の家で」
何度も誘われたけれど、うやむやになっていた美紀ちゃんの家でのお泊り会。今さらながらにもっと早く実現させておけばと悔しく思う。
美紀ちゃんと近いうちに夜通し話し倒す約束をして、朝のホームルームが始まる。
大袈裟だけど世界が少しずつクリアになっていく気がする。
鈴木先生のところに迎えに来てくれた祐君は、美紀ちゃんとのことを話した途端不機嫌な顔になった。少し前なら、それだけで話を止めてしまった、いや、そうなる前にそんな風になりそうな話題は自然と避けて通っていたかもしれない。だけど、不思議とこんなことでは祐君に嫌われるはずはない、って思えている私にとって、祐君の眉間の皺なんて恐くはない。おまけに、それを聞いていた鈴木先生は喉の奥で笑う、なんていう器用な真似をしているし。
「僕が反対する、とでも思っているわけじゃないですよね」
「別に」
そう言ったきり、鈴木先生は再び笑いを堪えている。
「だけど、どうして今ごろ?」
「うーーん、私美紀ちゃんのこと知らない気がして。それに、美紀ちゃんって好きな人いるみたいなんだけど、祐君知っていた?」
きょとんとした男性二人が、固まっている。
私はそれほど可笑しなことを言った覚えはないのだけれど。
「その手の話は女子高生どころか小学生すら、ひっつけば騒いでいる話題じゃないのか?」
「興味ないものにはとことん興味ないみたいですから、和奈」
「ああ、だから数学がいつまでたっても苦手なのか」
確かに、大好きな英語とは違って、どれだけ鈴木先生が手を施してくれても、どうしようもなく数学は嫌いだけど、なんだか二人にバカにされているような気がする。
「まあ、それだけ成長したってことか、おまえも程ほどにしとけ」
「言われなくても」
よくわかったようなわからないような男同士の会話を交わし、祐君は不機嫌などどこかへ行ったように私の手をひき部屋を後にする。
「そういうわけだから、思う存分話してきたら?田中さんと」
「どういうわけかわからないけど、祐君に言われなくても思いっきり話すし」
なんとなく、というよりも明らかに子ども扱いされたような気がして、思わずかわいくない答え方をする。だけど、祐君はそんな私を見てもクスリと笑って、機嫌がいいままだ。
たわいもないことを話ながら靴箱まで歩く。秋とはいえ、日が落ちる時間がどんどん早くなっている。少し前までまだまだ明るかったのに、今ではもう薄暗い。だから、私はその人物がこっちをじっと見つめながら佇んでいるのを発見するのに時間が掛かってしまった。
先に気がついたのは、祐君の方で、突然止まった彼に繋いだ左手で制せられた。何が起こったのかわからないまま、祐君を見上げると、先ほどの眉間に皺を寄せた表情なんて笑い飛ばせてしまうほど険しい顔をしていた。鋭く睨みつけたその視線の先には、誰かが立っていて、その人が真柴君だと気がついたときには、ようやくましになってきた恐怖心が一気に蘇ってしまった。
震える手を必死に落ち着かせるように、縋るようにして祐君の腕にしがみ付く。
まだ私はこんなにもその人が恐いと思ってしまうのだと、愕然としながら。