告白1

「少年……」

風邪という免罪符を手にして、当然のような顔をして学校に復帰した俺は、いまだ和奈さんを視線の中にいれることすらできていない。
勇気を振り絞ったつもりで鈴木先生のところへ行ったものの、それでもどこかで絶対に彼女には会わないと計算していた自分がいて、それをあっさり見透かされてしまった。目立つとはいえ、学年が違う和奈さんとは、会う確率が低い。まして、感覚的に避けている今となっては、会える可能性はゼロに近い。だからこそ、油断していた時に出会ってしまった関係者に、クラスメートが驚くほどビクついてしまった。

「秋山……先輩」

俺のしでかした事は、幸いと俺が言っていいものかはわからないけど、一部の人間にしか知らされていない。当然秋山先輩はその一部の人間だ。
俺がどんな事をして和奈さんを傷つけたのかを知っているはずなのに、秋山先輩は俺のことを怒るでもなく、蔑むでもなく、もっと違う目で見ている。
それが、何かをわかる前に、俺はあっという間に秋山先輩に連れられ、人気のないところへと運ばれてしまった。

「ごめん……」

秋晴れの空からは、使用されていない教室にも確実に日差しを運んでくれる。この時間には実習がないのか、秋山先輩が根城としているこの調理実習室には誰一人生徒がいない。シンとした教室の中で、なぜだか良くわからないうちに秋山先輩の謝罪の言葉だけが響いている。
初めは、何を言っているのかがわからなかった。
俺が土下座をして謝るのならまだしも、逆に謝られてしまうなんて有りえないはずだ。
だけど、どう考えても秋山先輩は謝っていて、だけど、どうしてそんなことをされるのかがわからないまま呆然と突っ立っている。

「私が、少年に余計な口出しをしたせいだ」
「余計な口出し?」

よく、わからない。確かに秋山先輩は俺が和奈さんとそれなりに接点をもつように取り計らってくれた人物ではあるけれど。

「あの二人を見ていられなかった」

窓のサッシに手を掛け、顔を外に向けている先輩の表情はわからない。わからないけれど、いつもとは違うってことぐらいは俺にでも感じることができる。

「不安定で、和奈ちゃんはよくわかっていなくて」

あの人は、たぶん、口に出して言うよりももっと深いところで理解するタイプだ。俺なんかはその端っこに触れただけであんなバカなことをしでかしてしまったのだけど。だけど、そんなものはバカな俺がわかるぐらいだから、この頭の良い先輩にわからないはずはないのに。

「涼しい顔をして全部彼女の周りから、異性も同性も何もかも遠ざけて、一つずつ彼女の可能性を摘み取って、真っ直ぐな道しか与えなくって、それで自分だけが手を差し伸べる立場にいるようにして、それで、それで、和奈ちゃんは幸せっていえるわけ???全ての可能性を一番信頼している人間が握りつぶしているそんな状態で!」

こんなにもこの人は小さい人だったのかと、うな垂れる背中を見て思う。だけど、こんな俺が何かを言っていいのかすらわからないけれど、だからこそ、言わなくちゃいけない。きっと、本当はわかっている先輩に。

「和奈さんはそんなにバカじゃないですよ?」

ピクリと肩が動く。だけど、相変わらず顔は外を向いたまま。

「嫌な事は嫌だって言うでしょうし、高柳先輩の思うままっていうほど、操り人形でもないし」

俺も最初は誤解していた。彼女は先輩の言うままに動いている人形じゃないかって。いつもいつも束縛して監視して、彼女の自由を奪っている悪魔、たぶん、俺の中のこうであって欲しいという願望が変な形で出てしまったのだろう、そんな風に思っていた。

「たまたま、相思相愛みたいですけど、きっと和奈さんが他に目を向けたら、思ったよりもあっさりとそっちの方にちゃんと行くと思います。まあ、今のところ可能性はないっすけど」

どれだけ高柳先輩が妨害したところで、彼女はそれを越えて行く。

「それに、なんだかんだ言っても、俺にしても秋山先輩にしても、高柳先輩と一緒に育ってきた和奈さんっていうのが好きなんですよね、どうしようもないことに」

考える時間だけは腐るほどあったから、どうして彼女なんだろうっていうとんでもなく簡単で難しい疑問についてもない頭で考えた。で、情ないことにこんなアホな結論に達したのだ。
たぶん、全く別のところでそれぞれ育ったとしても、高柳先輩は美形で運動神経もよくて頭もいいだろうし、和奈さんは美人で華奢で、頭は、まああれとしても、モテていたことには違いないだろう。だけど、それは、今の和奈さんとは違う和奈さんで、その彼女に対して俺が惚れていたかどうかまではわからない。いや、きっと、外見だけは見惚れるかもしれないけれど、あんな風に狂ってしまうような求め方をしなかったと思う。
だから悔しい事に、俺が惚れる和奈さんには高柳先輩は必要で、だから、俺の失恋はもうすでに最初から決まっていたことだったのだ。

「だから、謝ってもらう必要はありません」

そう、俺は俺の判断で、それがどれほど狂っていようともしでかしたこと、だから。

「でも」
「秋山先輩が俺を利用したとしても、です」

今の会話で、なんとなく気がついてしまった。
秋山先輩が何をしようとしていたのかを。秋山先輩は和奈さんに高柳先輩以外の第三者という可能性をみせつけたかったんじゃないかって。あの二人を引き裂こうだとか、仲違いさせようだとか、そんなつもりまではなかったと思うけど、なにかのきっかけ、まさにきっかけになればいいぐらいに思っていたに違いない。俺にしてみれば鈴木先生の方がはるかに和奈さんに近い可能性のある第三者、と言えるけれど、あの二人の関係はよくみると親しいセンセイと生徒というより、シスコンの兄と妹、に近い関係じゃないかって思っている。そんことはやけに和奈さんに執着している秋山先輩にわからないはずもなく、だからこそ、得体が知れない運動バカの俺を投入したのだろう。
すっかりサボリを決めた授業は、たぶん中盤にさしかかっている。正直言って休んでいた俺にとって、こうやって授業をサボる余裕はない。だけど、こうやってあの事実を知っている人間と話をする、というのは、俺の中で形になっていなかった何かをはっきりさせる助けになっているようだ。話せば話すほど、こんなことを感じてはいけないのに、すっきりしている自分がいる。

「で、どうするわけ?」

くるりとこちらを向いた秋山先輩は、すでにいつもの先輩で、余裕のある両目でこちらを見つめている。

「また、告白します」

一瞬驚いた顔をして、次にニヤリと笑う。

「謝罪じゃなくて?」
「もちろん、それも」

本当は、一番真っ先に、それだけをしなくてはいけないのは謝罪だ。
俺なんかに謝られたくはない、そんな風に思うかもしれない。俺が楽になりたいから謝るのか、そう思われても仕方がない。
だけど、あの時あんな風に和奈さんを扱ってしまった自分を、理性なんかはじけて本能だけで傷つけてしまった自分を、許せなくて許しちゃいけなくて、でも、許して欲しいわけじゃなくて謝りたい、彼女を傷つけてしまったことに対して。

「告白して、盛大にふられます」
「ふるほうも辛いけど?罪悪感のすり替えをするつもり?」
「いえ、違います」

言われたはじめて気がついた、断る方も辛いという事実。
だけど、それでもあえて俺は、

「けじめ、なんです」

授業の終わりを知らせるチャイムがなる。
その音が、なぜか俺にとってはスタートの合図のように聞こえた。

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KanzakiMiko/7.5.2007