祐君は男の人で、私は違う。そんな簡単なことに気がついてしまったのは、美紀 ちゃんの言葉のせいばかりじゃない。それはもう、ずっと前からわかっていたこと。なのに、私が今まで気がつかないでいたこと。だけど、こんなに当たり前のことなのに、私は心の中でうまくそれを整理できないでいる。真柴君のことがあったからじゃなくて、きっと、認めたくない気持ちがずっとずっと心のどこかにあったのだ。祐君が私を女の人として見ている、という事実に。ふりをやめてしまえば、それはたぶん、祐君にとっても一般の人にとってもごく普通のことで、そんなこともわからなかったかと、言われてしまうのがおちだと思う。美紀 ちゃんにしても、鈴木先生にしても、先生はやけにストレートにそのあたりについて注意だの忠告だのしてくれてはいた。でも、頭でわかっている、ということと、本当に理解する、ということは違うということだと思う。今ならばもっと彼らの言葉の意味がわかるかもしれない。
だけど、わかったからといって、それが簡単に自分の中で折り合いがつくかというと、それはまた別の問題で、結局私はどうしていいのかわからなくなってしまった。
私は祐君が好き。
だから、どうしていいのかがわからない。いまさらながらに簡単に将来の夢は祐君のお嫁さん、だなんて、意味もわからず言い募っていた自分が恥ずかしい。私は祐君に比べてあまりにも子供で、気がついてしまった感情をどうしていいのかさえわからないでいる。
こんな自分を、祐君が嫌いにならないで欲しいと、心の底から祈っているのに。
「……和奈、そんなに緊張しなくても」
あんなに眠れなくて、毛布の隙間から覗いた時計の針は遅々として進まなくて、なのに、のろのろと動き出してからはあっという間に過ぎ去ってしまった時間が恨めしい。大慌てで準備をして、迎えにきた祐君と玄関先で挨拶を交わして、一気にそこで緊張が噴出してしまった。
ほんとうにもう、どういう顔をすればいいのかがわからない。
私の肩越しに両親に挨拶をする祐君は余裕の声で、その両親はいつもの風景だといわんばかりに極々普通に私たちを見送ってくれる。その中で私一人だけが異常な程緊張している。
祐君と出かけることなんてしょっちゅうで、おまけにいつも二人で学校に行っているというのに。
「意識してくれることは嬉しいけど、もうちょっとリラックスして」
当たり前のように差し出された左手を手にとる。いつもと変わらない体温に、少しだけ心が落ち着く。
「とりあえず、映画でも見に行かない?山田がこの間おもしろいっていっていたやつがあるんだけど」
「山田君、映画見るの?」
「それは、いくらなんでも、あいつに失礼じゃないか?」
祐君の友達の山田君を思い出して思わず言ってしまった一言に祐君が笑う。だけど、どう考えても体育会系ど真ん中で、あまりそういうものに興味がなさそうな彼がそういうところに赴く、と言う事自体が想像できないから仕方がない。
「あいつああ見えて結構映画好きなんだよ。昔の映画のリバイバルなんて積極的に見に行っているみたいだし」
「見かけによらないって、本当なんだ」
下らない会話を交わして、ようやくいつものペースに戻れた私は、とりあえず祐君の顔を見上げてみる。そういえば今日は禄に視線を合わせていなかったと、今さらながらに気がついたからだけど。
「ようやくこっちを見た」
いつもの、祐君の、だけど、絶対いつもと違う雰囲気の祐君に微笑まれ、再び心臓が有り得ないほど暴れだす。
「嬉しいような、寂しいような、複雑な気分なんだけど」
再び俯いたままただ祐君の歩幅に合わせてあるくだけの私に、そんな言葉が降りかかってくる。顔中熱い、きっと、いや、絶対耳まで赤いはず、それを確認する勇気はないのだけれど。
「和奈は和奈のペースでいいから、ね」
祐君はそう言って、私の頭を優しく撫でる。それは、いつもの彼の癖、なのだけど、触れられた部分からじんわりと熱が伝わっていくような錯覚に陥ってしまう。
映画は、よく覚えていない。
まるで眠っていない私は祐君の肩を枕にしてすっかり眠ってしまったから。
だけど、祐君の体温やシャツの匂いはしっかりと覚えている。
この日初めて、私はあの事を思い出さないで眠ることができた。