夢から覚めた現実3

「これ、和奈ちゃんに」

相変わらず心のうちを読み取れない表情で料理部部長が武道場までやってきた。
彼女には話したいことがある、と思っていたからちょうどよい。山田と視線を合わせ、少し部活を抜けて彼女と話すために入り口へと歩み寄る。

「あまり食欲がないみたいですから」

部活の間に作ったのだろう、女性らしく包装された何かを手に持ち、秋山部長がこちらと視線を合わせる。中身はたぶん和奈の好きな甘い物か何かだろう。だけど、八つ当たりめいた気分で秋山さんの作る物を食べさせたくない、と思ってしまったものはしょうがない、やんわりと拒否する言葉を吐いてしまっていた。

「そう…、そっか。そうだよね」

常ならあんたに言われたくない、と言った切り返しが飛んでくるはずなのに、さすがに今日はいつも滑らかに動いている舌が止まる。

「会える?」
「いや」

当事者でもないのに即答するのはどうかと思うけれども、和奈と秋山さんを接触させたくない思いは、前以上に膨らんでいた。結局、彼女が煽ったせいであんなことになってしまったのだと正直思っているから、そんな言葉が口をつくのだと思う。それこそお門違いだと言われるかもしれないが。だけど、彼女にその矛先を向けることに躊躇いはない。

「ごめん、調子にのりすぎた」
「彼を捨て駒にしてどうするつもりだったのです?」

和奈が受けてしまった傷は思った以上に深い。体調が優れないのを押して今日学校へと来たものの、彼女は人嫌いだった今までとは微妙に違う反応をみせた。今までは男女関わらず興味がないか人見知りの対象だったにも関わらず、今日は明らかに異性、男子生徒に対してこれまで以上に線を引いた態度を見せた。当然、一部の人間を除いて周囲の人間は彼女に起こった出来事を知らないのだから、突然和奈がより冷たくなったのだとしか思わないだろう。
本当は、クラスメートでさえ恐がっているというのに。
授業中は田中さんが、放課後は鈴木先生が近くにいて見守ってくれてはいるものの、半数はいる男に怯えて暮らしていたのではそのうち神経がパンクしてしまう。だからこそ、そっと少しずつ彼女にはリハビリめいたことをしていって欲しいと思っている。その生活の中に秋山さんとの交流は含みたくない。

「そう言われても仕方がない、けど」
「なんの望みもないのに、変な期待だけを吹き込まれれば追い詰められるのも無理はないと思いますけど」

和奈がどう言おうが、彼のやったことを許すつもりはない。だけど不思議なことに怒りよりもまず哀れみの思いが先に立つ。
彼のしたことは和奈を傷つけた。
だけど、彼も知らず知らずのうちに傷付いていたことがわかってしまったから。

「追い詰められれば人間なんだってしますよ」

そう、僕だって和奈を失えば何をするかわからない。自分が安定していられるのは自分だけに向けられる和奈の好意を縋っているにすぎない。

「でも、やっぱりあなたと和奈ちゃんは合わない」
「そんなことをあなたに決めてもらう必要はない」
「他から見れば和奈ちゃんが一方的に頼りにしているみたいにみえるけど、その実依存しているのは高柳君の方でしょ」

自覚は、している。
頼りなげにみえて、姿が見えなくて不安になるのは彼女じゃない、僕の方だ。
だけど、そのことを秋山さんに糾弾されるいわれはない。

「今はあなたの思い通りに彼女が合わせてくれているからいいけれど、そうならなくなったらどうするわけ?」
「あなたには関係がない」
「関係、あるとおもうけど。私も彼女のことは好きだから。それだけじゃ不満?」

元通りに皮肉な笑みを浮かべる。

「今回のことは私の判断ミスだった。別に彼を手駒にスル気じゃなかったけど、結果としてそう思われても仕方がない。だけど、彼が本当に彼女のことを好きだったってことはわかって」
「言われなくてもわかっていますよ。もちろん」

だからこそ、僅かでも彼の気持ちにシンクロしてしまったのだから。
秋山さんは、小さく頭を下げ、右手を挙げていってしまった。
残されたのは不安定な自分。
和奈が完全に僕の手から離れたら、僕はどうなってしまうのだろうか。
心の隅でずっと燻っていた思いを突きつけられた気がした。

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KanzakiMiko/2.23.2007