なんとなくダラダラと秋山先輩の提案に乗ってしまった。和奈さんと友だちになるといういいのか悪いのかよく分からないものに。
ただの一目惚れで、それはやっぱり一過性のものだったりして、たぶん知らなければそのまま忘れてしまえたかもしれない。でも、もうだめだ。知ってしまったら後戻りはできない。
大声で叫びだしたいぐらいに、俺はこの人が好きだ。
だけど、無邪気にもこの人はずっとただ一人の人だけに思いを寄せている。
身勝手な意見だけど、俺にとってはこんな残酷なことはない。
近くに寄れば寄るほどそう思う。でも、側にいくことをやめられない。まるで麻薬のように。
「この幸せものがなにをため息ついているか」
思いきり後ろからはたかれる。高柳先輩や田中先輩あと数人の友人を除いて、自分は彼女の近い位置にいる。だからこそこうやって何も知らないクラスメートからは、嫉妬に駆られた八つ当たりをばんばん受けてしまう。だけど、これ以上彼女の側には近寄ることはできない。高柳先輩のガードだとか鈴木先生の横やりだとか、そんなものがなくても、俺じゃダメだ。一定の距離以上近寄ろうとすれば、彼女はきっちりその分だけ後退する。しかも無意識に。本人がもつ防衛本能がそうさせるのか、ともかく俺では彼女の壁を崩すことはできない。
「幸せっていわれてもなぁ」
「お前な、名前を憶えてもらえるだけでもありえねーのに」
「まあ、な」
クラスメートとの距離感といっても差し支えないほどの距離感にいるけれども。
「俺も告白しようかなぁ」
「はーーい、玉砕すると思います!」
隣の席の女子が片手を上げながらからかう。言っている内容があっているだけにかなりきつい。
「あれから結構な数、直接告白したらしいぜ」
「そうらしいな」
そう、俺があんなに派手なことをした後、ちゃっかり友だちの位置にたっていることが知られると、我も我もと告白しはじめたらしい。それらの全部に即答で拒否の返事をし、なおかつしつこいやつには田中先輩や秋山先輩の厳しい説教が待ち受けていた、という本当か嘘か良く分からない噂が付きまとっている。それに反して、高柳先輩はあの笑顔でおっとりと受け流している、らしい。影では知らないし、知りたくもないけど。
「結局お前だけか、知り合いになれたの」
「そうだな、知り合いになれたのは、な」
「どこがよかったのかねぇ」
「俺にもわかんね」
友人のうらやまし気な顔と、隣席のやつの不可思議な顔と見比べたって答えはでない。俺にも分からないんだから。
「で、なにかお得な情報は?」
「そんなもんあるわけねーだろ」
あったら俺の方が知りたい。彼女に関する情報なんて誕生日と血液型ぐらいしか知らない。
本当に俺は彼女の事は何も知らない。
だけど、それでも恋をするには十分すぎるほど彼女に関わってしまった。
後悔、はしているのかもしれない。
「あの、こんなこと聞くのは失礼だと思うんですけど」
「はい?」
熱心に数学の宿題を解いている彼女に声をかける。普段は近くで本を読んだふりをしたり、はたまた本当に宿題をしたりしている。だからこうやって話し掛けるのははじめてで、ひょっとしたらこれが最後かもしれない。
「高柳先輩のどこが好きなんですか?」
「は?」
「すみません、突然こんなこと」
そもそもここは図書館で、そういったことを聞くには不適切だと思う。でも、思い付いてしまった疑問は脳を通さずにポンと飛び出してしまった。
「まあ、あの人は完璧な人だとは思いますけど」
悔しいがあの人は顔も頭もいい。性格は、秋山先輩いわくいい性格をしていると言われるけれども、少なくとも俺ら普通の人間にはいたって人当たりがいい。だから、まあ和奈さんが好きになるのも無理はない、けど。
「祐君が完璧だとは思わないけどなぁ」
「そうですか?顔も頭もいいじゃないですか」
「うーーん、そりゃあ成績は私より遥かにいいけどさ、体育は比べ物にならないし」
「男前じゃないっすか」
「顔、は、いいとは思うんだけど。実のところずっと眺めていたからよくわからないんだよね。パーツだけみたら鈴木先生の方が良くない?」
「いや、あの人は別系統ですから」
「そっか、そうだねぇ、全然違うかも」
「や、そうじゃなくてですね、先輩」
なんだか微妙に話が逸らされている気がする。
「どこ、なんて言われてもわからないし」
「なんとなくですか?」
「なんとなく、というのも違う気がする」
それはただの思い込みや刷り込みじゃないのか、という一抹の希望が頭をもたげてくる。
「一通り鈴木先生にも聞かれたんだけどね。どれもこれもしっくりこないんだよねぇ」
やっぱり、凡人の俺が考えるようなことはとっくに通過しているらしい。鈴木先生というのが謎だが。
「だけど、私は祐君がいなくちゃダメだし。祐君がそう思ってくれていたら、きっと嬉しい」
「・・・・・・・・・それが理由?」
「うん。ごめんなさいね。曖昧かも」
いや、これ以上ないぐらいはっきりとした肯定。俺にとってははっきりとした否定ともとれる言葉。頭の足りない俺にもはっきりとよくわかる。彼女は高柳さんが好きなんだと。分かり切っていたことなのに、体の芯が冷えてくる。
「どうしたの?」
「いえ」
自分で話しはじめたのに、突然黙ってしまった俺に不振そうな視線を向けている。
けれども、もう無理だ。
このまま近くにはいられない。
友だちでもいい、なんて綺麗事だ。
こんなにも彼女の事を欲しているのに、ぎりぎりまで友だちという便利な言葉で誤魔化していた。どうしようもないほど自覚してはじめて気がつくなんて。
もう、元には戻れない。
彼女から離れなくちゃだめだ。
こんなにも胸が痛むのに、彼女は何も変らない。
ゆっくりと黒い何かが胸に広がっていく。
この人を手に入れたい。