「少年、話は聞いたぞ」
最近唐突な事が多すぎる。声をかけてきた人物に思わずため息を漏らす。
「秋山先輩ですよね。何を聞いたんですか?」
聞かずもがなというか、もうやけっぱちのような質問を返す。
昨日の今日と言うか、予想通りというか、俺が無謀なことをやらかしたということはあっという間に広まっていた。教室を入った瞬間のあのいやーーな空気は、もうできれば2度と体験したくはないものだ。
「和奈ちゃんに告白するなんて、無謀を通りこしているわよね」
「自分でもそう思います」
裏切り者?、だとか、興味無さそうな顔しやがってーだとか、好奇心と多少の嫉妬が混ざった感情をぶつけられた俺は、結局クラスメートの男どもにもみくちゃにされた。残る女子の視線は「憐れみ」を含んだ、これもまた複雑なものだった。
「あんたもばかよね」
そうしみじみ呟いた隣の席の女は、肩を竦ませてため息をついていた。
ただ和奈さんに告白したというだけなのに、こんな様々な反応を起こした俺は、すべてを処理するには数が多すぎて、とっくに諦めて開き直ってしまっている。
「返事は聞いたわけ?」
「いえ、それはまだ」
ほぼ確実にだめだとは思っているけれど、彼女から直接否定の言葉をきいたわけじゃない。だからこそって、希望をもつほど俺もばかではないが。
「だめだな、少年。そういうことはきちんとしないと」
「や、でも、びっくりさせたみたいで」
「和奈ちゃんもこういうことはちゃんとしとかないとね」
「あーー、いいっすよ。駄目もとですから」
「いやいや、遠慮するな少年。私から和奈ちゃんに言っておくから」
だから、俺はいいですって、なんていう言葉は耳に入る前に拒否されて、満足そうに頷きながら手を振りつつ退場していった。にんまりした笑顔を焼き付かせて。
「喜べ、連れてきてやったぞ」
料理部に呼び出されてのこのこ顔を出したらこれだ。
秋山部長は腰に手を当てて威張っている。
どう言う言葉で連れ出されたのかは知らないが、和奈さんは困惑しているし。
「ほら、和奈ちゃん」
頬を染めた彼女につられ、俺の方も赤面してしまう。
「えっと、あのね、昨日の事なんだけど」
「・・・ハイ」
「えーーーーーーー、私好きな人というか、恋人って言っていいのかわからないけれど、ともかくそう言う人がいるから」
「やっぱり高柳先輩、ですか?」
「あーーーー、うん」
コクリと頷いた和奈さんのはにかんだような表情に、胸が痛む。この人はやっぱり高柳先輩の事が本気で好きなのだとわかる。ずっと一緒にいるからとか、束縛されているからとかそんなのじゃない。純粋に純粋に、ただ先輩の事が好きなんだと、気がついてしまった。
はじめてほんの少しだけ彼女の内面に触れる時が、自分が振られるときだなんていうのが格好悪いけれど。
「あの、言ってみたかっただけですから、先輩は気にしないでください」
困ったような笑顔を見せ、再び頷く。
ここだけみたら、甘酸っぱいようななんとも言えない雰囲気なのに、やっぱりそれは俺のキャラクターに合わないのか、あっという間に壊されてしまう。
「ダメね、良く知りもしないのに断るなんて」
「や、でも、高柳先輩とお似合いだし」
「ビジュアルはね、でもあの大魔王と可憐な和奈ちゃんじゃつり合わないっつーの」
「尚子さん、そんなに祐君のこと嫌いなの?」
先ほどの告白した先輩と後輩という、微妙な空気は吹き飛んで、心配そうに秋山先輩の顔を覗き込んでいる。
「嫌いじゃないわよ。あの子単体ならおもしろいし。でも和奈ちゃんの相手には相応しくないって言ってるの」
「彼は勉強も運動もできるし、顔だっていいし、申し分ないじゃないですか」
何が悲しくてライバルを援護しなくちゃいけないのかわからないけれど、なんとなくこのまま流されてしまったら、もっと大きなトラブルに巻き込まれる予感がする。俺の野生の勘がそう叫んでいる、間違いない。
「腹黒でさっぴいたら果てしなくマイナスだし」
なんとなく、俺自身も彼の二面性については気がつかなくもないのだが、世の中には知らない方が幸せなことってたくさんある。
「和奈ちゃん(酒口先輩)だけにはね!!」
思わず声が重なる。あの人はそれ以外には思いきり冷酷な部分を見せる。
「ということで、少年。和奈ちゃんを魔の手から救うべくお友達になりなさい」
「友だちって・・・」
激しく戸惑う。振られて即効友だちになれるやつがいたらお目にかかりたいものだ。
「そういえば、鈴木先生が、彼みたいに普通の人に慣れておいた方がいいって言われたけど」
「普通???」
「そう、私の周りは濃いからって」
「あのオヤジそんなことを・・・。まさかそのメンバーに入ってはいないわよね、私」
「いや、むしろしっかり入っていましたよ、先輩」
何を考えているのかわからに人だけど、その意見にだけは大賛成だ。
「・・・・・・まあ、いいや。じゃあ、和奈ちゃんには異論はないわけね」
顎に人さし指を当て、少し考え込む。やがて小さく頭をたてにふる。
「ほら、和奈ちゃんもこう言ってるし、少年に異存はないな」
両肩に置かれた先輩の手がずっしりと重くのしかかる。や、精神的に、だけど。
「ないわよね」
すわった目でこちらを見据えられ、蛇に睨まれたカエルのような俺は、黙って頷いてしまった。
とてつもなく、不味い方向へ流れている気はしたけれど。