「あの・・・」
無言で顔だけをこちらに向ける彼女。
「昨日はすみませんでした」
なんて間の悪い謝罪の仕方だろうか、そうは思ったけれども、出てきてしまった言葉は引っ込める事が出来ない。
身体まで完全にこちらの方へ向いた彼女は小首をかしげている。
「君たち知り合いなわけ?」
部長が意味深な視線をこちらへと寄越す。
「知らない人・・・だと思うけど」
昨日のことなど完全に忘れたといわんばかりに彼女が主張する。
「あの、体育祭の時に余計な事をいって、先輩を・・・」
ここまでいってようやく思い出したのか、その形の良い眉根が思いっきり寄せられる。すかさず部長が和奈さんの眉間に軽くデコピンを加える。そんな無体な事をする人間をはじめてみたせいか、周囲の人間全員が軽く息を呑んでいる。
「和奈ちゃん、だからそんな顔をしたら美人が台無し」
「台無しでけっこう」
軽口をたたきあって、すぐさま笑いあう。
彼女が田中先輩以外と仲良くしている姿をはじめて見る気がする。
「で、和奈ちゃんこの青少年は?」
「私を蹴倒した人」
いや、確かにそれは正しい説明です。だけど、思いっきり射るような視線をそこかしこから感じるんですが。
「高柳君が怒り狂ってたやつ?」
「そう・・・。おまけに宿題の山が・・・、ってそれは関係ないけど」
「本当にすみませんでした」
漫才を繰り広げそうな二人の会話に割ってはいる。
「それは、別になんとも思ってないから安心して」
「いえ、それもそうなんですが、なんか俺何も知らないのに嘴を突っ込むような真似をして・・・」
好奇心がこちらへ向いたのか部長がこちらへ値踏みするような視線を飛ばしてくる。そんなものにはもちろん慣れていなくて、思わず椅子から立ち上がって逃げ出したくなる。
「別にいいわよ、そんなこと。わかってもらう必要もないし」
鋭利なナイフで薄皮を切られたような痛みを感じる。
あたりまえだけど、本当に彼女にとって自分はどうでもいい人間なのだと実感させられる。
「いらい(いたい)・・・」
周囲からざわめきが聞こえてくる。
切って捨てるようなセリフを吐いた酒口先輩の両頬を部長がひっぱっている。
あまりの出来事に俺も友人も目を見開いたまま固まってしまう。
「こんなこと言うのはこの口ですか、まったく」
「痛いじゃないですか」
頬を擦りながら抗議の声をあげる。
「そんなことだから和奈ちゃんは冷たいだとか、とっつきにくいだとか言われるんだよ」
「本当の事ですから」
「ひどい!!!和奈ちゃんはこんなに愛らしいのに!!」
再び唐突に酒口先輩の首を片手で抱え込んで、自分の胸に押し付けている。
うらやましい!!じゃなくて、この人はイチイチ動作が予測できない。
「なーにーーをーーやっているのかなぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
じゃれ合っているようにしか見えない二人の後ろから、地を這うようなドスの効いた声が響いてきた。部長は和奈さんを抱え込んでいた腕を緩め、その隙に和奈さんが姿勢を戻す。
「秋山ちゃん、どうしていっつもいっつもいっつもいっつもそうなわけ??」
涙目でくってかかるちびっこい人は調理担当の人なのだろうか、きちんと割烹着を着込んでいる。
「酒口さんもこんなフラフラしたのに付き合っていないで、ちゃっちゃと注文聞いてよ!!あれを見て!!」
彼女が指をさしたのは、溢れかえった人の山。あれから行列の人数は減らないどころかその数を増していたらしい。それなのに、俺達がわけのわからないやりとりを繰り広げているものだから、それはもう視線がものすごく痛い。
あわてて、持ち場に戻る和奈さんと部長は忙しそうに仕事を開始している。
呆然としたまま取り残された俺達は、ほどなくして運ばれてきたホットケーキとクレープをなんともいえない視線を味わいながら食べる事となった。
甘いものの苦手な俺は、水でそれを流し込むようにして完食する。
ちらりと立ち働いている彼女の方に視線を流す。
想像の彼女よりも子どもっぽいところを発見してしまった俺は、再び自分のなかの恋心を自覚する。
どうすれば彼女に伝えることができるのかわからないままだけど。