体育祭の後は文化祭が始まる。憂鬱な気分で制服に袖を通す。
へまをやらかした俺は、和奈さんの傍に近寄る勇気ももっていない。
迂闊に彼女のテリトリーに入り込んだのは自分。何も知らない自分があんなことを言うべきじゃなかった･･･なんていうのは後になって思うこと。だから後悔って言うんだよな。

いつもとは違った雰囲気の校門をくぐっていく。
文化祭だからといってこの学校では特にクラス単位で何かをすることはない。主に文化系の部活連中が何かを発表するぐらいだ。何もすることのない、特に俺のような運動馬鹿は、結構手持ち無沙汰である。

「涼介、おはよう」

ぼんやりと教室の椅子に座り込んでいる俺に友人が声を掛ける。

「どうするー、今日」
「あーー、なんかみたいモンでもあんの？」
「あるっていうか、まあ、ぼけっとしているのもなんだから適当に見てまわるか？」
「だなー、だりぃーけど」

いつもと変わらない会話が飛び交う。

「そういえば、酒口先輩って料理部手伝うらしいぜ」
「手伝うって、あの人帰宅部じゃなかったのか？」
「お前･･･、よく知ってんな、さては惚れたな」

冗談っぽく言われた言葉が胸にチクリと突き刺さる。

「ここって女子少ないだろ？だから料理部の人数も少なくてさ、田中先輩の友達経由で頼まれたらしい」
「おまえこそそんな情報どこで仕入れてくるんだ？」
「それはもう、ファン倶楽部から･･･、というのは冗談で、酒口先輩を餌に売上向上をめざす部長自らバンバン宣伝してたぜ」

つまりそこにいけば少なくとも彼女には会えるのか？

「つーことで、涼介君行くよな」
「え？あ、･･･ああ」

曖昧に頷く。
顔を見たいのに、目を逸らされそうな気がして恐い。
あんなにも厳しい顔をさせた俺のことを許してくれるだろうか。
　


「これは、ちょっと見ものだな」
「･･･」

気の乗らない俺が引きずられるようにしてやってきたのは調理実習室。元々男子校だったこの高校に何ゆえここまで立派な実習室が出来上がったのか疑問だが、比較的新しいその施設は調理実習と放課後のクラブ活動に利用されているらしい。

「本気で待つわけ？」
「あたりまえ」

俺は入り口から連なる長蛇の列を指差して、友人に確認をはかる。

「遊園地のアトラクションみてーだな」
「まあ、姫の手作りを食べたいっていう連中は思いのほか多いってこった」

彼女一人きりで作るわけでもないのに、友人はすでに和奈さんが作ったものを口に出来ると断定している。
ダラダラと続く行列の中で、逃げ出したいような気分にかられながらおとなしく待つことにする。





「ご注文は？」

やっとたどり着いた俺達の番、ただの調理室にそれでも花なんかかざってそれらしい雰囲気にしあげられている。しかし、向かい合って座った俺達は、注文を取りに来た人物にすっかり固まってしまった。
どこから調達したのかフリルのついた白いエプロンをしている和奈さんが注文をとりにきてくれたのだ。
これが目的だったにもかかわらず、友人はフリーズしたまま動こうともしない。めったにない至近距離での遭遇に心臓がおいつかなかったらしい。
なかなか注文を言い出さない俺達に、元々良いとはいえない愛想がどんどん目減りしていくのがわかる。

「ひゃ！！」
「和奈ちゃんそんな顔しないの」

気配もさせずに忍び寄ってきたその人は、突然和奈さんの両耳をひっぱった。
顔を向けもせず和奈さんが無表情に答える。

「誰のせいです？」
「や、和奈ちゃん美人が台無し」

まるっきり堪えていない様子の不審人物は眼鏡を直しながら、いつのまにか和奈さんの隣へと滑り込んでいる。

「えっと･･････料理部の部長さん･･･？」

やっと冷凍が溶けたのか友人が知らない女生徒に口を開く。

「ご名答。和奈ちゃんを引っ張りだした影の功労者だ、遠慮なく少年達よ感謝しろ」
「迷惑してるんですけど」
「まあまあ、暇そうだし」
「美紀ちゃんから頼まれなければ、ぜっっっっったいやらなかったけど」

胸を張って答える部長さんと、不機嫌モードばりばりの和奈さん。
こんな表情も初めてみたけれども、なんだかとてもかわいく見えるのは、フィルターがかかっているせいか？

「で、君たち注文は？」
「え？えーーーと。ホットケーキ･･･で」
「俺はクレープ」

メニューの中でも無難そうなものを選ぶ。だけど、甘いものが嫌いだというのにホットケーキなんて注文してどうするんだ？俺。
メモ帳みたいなものに注文を書き込んで、隣の調理部屋へと踵を返す。その背中に惹かれるように慌てて声を掛ける。