17/小さな花が咲く時に

「そういうのってデートって言うんだと思うんだけど」

言いづらそうにしながら、葉月の友人、久実があっさりと疑問を口にする。
土曜日は高山に連れられて、十割蕎麦を食べに行った彼女が、そのことを口にすると、思い切り食いついた久実が高山について訊ねてみた。
どうしてそんなところに興味を持つのかわからないものの、葉月はここのところの高山とのやりとりを洗いざらい久実へと白状した。
久実は高校時代からの友達だけあり、葉月の置かれた家庭環境も、彼女の複雑な異性観も十分に承知しており、あまりそういった関係のことを冗談でも葉月に対して口にすることはしないように注意してきた。そんな久実にしてみれば、けろっと年上の男性とちょくちょく遊びにいっています、といった葉月の行動は、驚愕すべき出来事であり、信じられないハプニングみたいなものだ。
だからこそ、葉月自身がわかっていてそういうことをしているのかどうかを念のため聞いて見たくなったのだ。
案の定、葉月は、目の焦点が合わなくなるほど驚いており、ランチの後のフルーツパフェを掬うスプーンの手が止まったままだ。

「いや、あの、そのね、葉月??」

そもそも高山は正々堂々きっぱりと葉月に告白をしている。そのことを葉月は都合よく綺麗さっぱり忘れ去っているが、そんな相手と一緒に食事に出かけ、そんなつもりは無かった、と言う方が通用しない話だ、普通ならば。
だが、葉月にとってみれば異性としての男性はただひたすら忌避すべき存在であり、正直なところ考えることすら気持ちが悪い。告白されたときには、あまりの出来事に我が身に降りかかっているとは思えないでいたが、こうやってだらだらと一緒に過ごしていた自分が、世間からみればそういう風にみられている、と知った葉月は、じわじわとそれを実感してしまった。

「……、ちょっとごめん」

口を片手で押さえながら、トイレの方へ向かう葉月をみて、久実は心底後悔をした。
嬉しそうに高山とのことを語る葉月をみて、てっきり男嫌いが治ったのだと判断したのだ。
それほど自然に、高山という人との交際は進んでおり、自分が余計な茶々を入れなければ、あの葉月の頑なな男性観、といったものすら正されたのではないかと。
やや青白い顔をしながら戻ってきた葉月は、大好物のパフェを溶けるままに放置している。

「そのお友達は、どういう人?」

久実は、あえて友達、という単語を使い、単純な葉月を誤魔化しにかかる。

「友達……」
「そうそうそう、友達、ね。オトモダチ」

脅迫するかのようににっこりと笑う久実に、引き攣りながらも葉月が応じる。

「そっか、そうだね」
「そうそう、年が離れた友達もいいもんでしょ、視野が広がったりして」

ついでに明らかに邪まな下心もありそうだけれど、と、それを久実は心の中にだけ留め、笑顔を向ける。

「視野か、そうだねー、そういうとこもあるかもしれない。結構物知りだし」

顔色も戻った葉月は、すっかり溶けたパフェからフルーツを掬い取って食べ始めた。
調子の戻った葉月に安堵し、これから先の平坦だけれども、どこまでいってもたどり着かなさそうなはるか彼方のゴールを目指すであろう高山に、同情の念を抱かずにはいられないでいた。



 薄情にも、葉月は、そういえば数日間高山の姿をみなかったな、と思いながら、机の上におかれたそれをぼんやりとみつめた。季節は徐々にうつろっていき、高山と係わり合いをもってから初めての夏を迎えようとしている。
もうぼちぼち蝉が鳴き始めるよなぁ、と、まるで関係ないことを思い浮かべながら、ぽつんと渡されたみやげ物を手にし、葉月はどうしていいものか戸惑っていた。
頻繁に高山と食事をしに行く関係になってから、出張へ赴くたびに、彼は葉月へと土産を渡すのが常だった。学会前の事務手続きを少々手伝うことも合わせて、それを貰うことに抵抗は感じない。高山にしても、みなさんで、と言いながら消えものであるお菓子などを渡すことがほとんどであるからして、そういった心理的負担を与えさせないようにしていた、という事情もあるにはあるのだけれど。
だが、今度は皆で食べるお菓子とともに、高山が選んだとは思えないほどかわいいストラップを一緒に手渡されたのだ。
正直に言って、携帯ストラップというアイテムはお土産にして渡すのには割と手ごろともいえる。値段にしてもサイズにしても、貰った側の印象にしても、気軽にあげられて、受け取れる、そういった手合いのものには違いない。
だが、友人である久実から聞かされた、第三者から見た二人の関係、といったものを僅かでも考えてしまった今の葉月にとって見れば、意味深、ともいえるそれをどうしていいのかわからないのだ。
もちろん、本心から言えば嬉しい、というのが正直なところだ。
台湾土産であるそれは、中華風の組紐に天然石がついたシンプルなものだが、根付だのトンボ玉だのが好きな彼女にとってみれば、非常に好みに近い品物ではあったからだ。
だが、これを嬉々として取り付けることには躊躇いを覚える、というのも本音ではある。
アクセサリーとは違って肌身はなさず身に付けるものではないが、現代生活において携帯電話というものは、それに匹敵するほど身近で、公私ともに触れるアイテムであるからだ。まして、アラーム代わりにそれを使用すれば、それこそ24時間常に手近にある、といっても過言ではない。
そこまで考えて、葉月はあまりに深読みしすぎている自分に気がつき、あまりに滑稽な姿を想像し、笑い出しそうになってしまった。
値段も重量も手ごろだったから。
高山にとってはその程度のものだったのだろう、と、ありがたく素直に受け取っておこうと、思い直す。
そう思ってしまえば、デザインが気に入ったそれを早く自分の携帯につけたくて、仕事中だというのに思わず携帯に手を伸ばす。
お気に入りのストラップ数本の中にちゃっかり収まったそれを眺め、満足しながら、ようやく机の上にぶちまけられた書類の数々を思い出し、仕事にとりかかる。
なんとなく、それが気になって嬉しくて、気持ちが上擦ったままの自分を、多少なりとも自覚しながら。



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10.1.2008

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