4/小さな花が咲く時に

「えっと、工藤さん、今の」

高山教授の車までたどり着き、葉月は勢い良く頭を下げる。

「すみませんでした!先生を利用するようなまねをして」
「いえ、それは別にかまいませんが」
「もう、どうしようもないんですよ、あの人たち」
「あの人たちが誰だか聞いてもかまいませんか?」
「へ?え?もちろん。というか、兄だって言っていませんでした?」
「……、本当にお兄さんだったんですか?」
「そうですけど?といっても兄と弟ですけど」
「じゃあ、いったいどうして」

実の兄弟が迎えにきたとして、葉月のあの態度はあまりいいとはいえない。
確かに迎えにきてくれ、と頼んだわけではないだろうが、心配してきてくれたことには変わりはない。そんなことを言外に含ませながら高山教授が口篭もる。

「うち仲悪いんですよ、兄弟」
「とてもそうは見えませんが」
「向こうは一方的にかまってきますけどね。私は二人とも苦手なんです」
「苦手、ですか」
「ええ、昔思いっきりいじめられましてね。だから今でもきっちり恨んでます」

あっさりとした葉月の口調からは想像もできないが、能天気な彼女の恨みが現在進行形なのは、その原因が根深いものだからだ。唯一の女の子としてかわいがられたのは確かだけれども、それは大人側の事情であり、子供達の側からすれば愛情が偏ったかのような溺愛は妬みを抱くには十分だ。
長男で物心がつくころには葉月ばかり構う両親を見て育った兄にしても、生まれてからずっと姉に愛情を取られっぱなしだと感じてしまった弟も、その鬱屈は結局全て葉月へとぶつけられることとなってしまった。
最悪な事に、性別が同じで、恨みの元も同じだった兄弟は、共同戦線を張って葉月を苛め抜いた。
例えば彼女の好きなおもちゃを隠す、捨てる、壊す。彼女の描いた絵を破る、といった比較的わかりやすいいじめから、ブスだのデブだのボキャブラリーがないなりの精神的ないじめまで、ありとあらゆることを兄弟で葉月にしてのけた。
子どもだったせいか、そのほとんどは大人たちに露見し、怒られることでさらに葉月へと恨みを増していった悪循環は、葉月が中学に入るころまで続けられた。おかげさまで、同じ屋根の下に存在することは辛うじて耐えられるけれど、それ以上接近しようとは思えない兄弟関係へと成長してしまった。もっとも、葉月としては一刻も早く家を出たかったのだが、両親と伯父夫婦の執拗な泣き落としを振り切ってまで家を出るこは面倒くさく、また、その程度にしかこの兄弟を嫌っていない、ということにもなるのだけれど。
兄弟の葉月への思いが変化したのは、第三者からのなんということはない軽口がきっかけだった。
曰く、

「おまえの妹ってかわいいよな」
「おまえのねーちゃんっていけてない?」

思春期の男ならば誰もが口にする、異性に対する淡い憧れめいたものを各々友人から聞き及んだ睦月と文月は、どういうわけだかそこで一度葉月に対する印象をリセットしたらしい。
憎らしい妹、姉としか思っていなかった彼らが、ちょっとかわいくないか?から、すっごくかわいくね?まで変化していくのはあっという間で、元々葉月に原因があってのことではないせいか、今まと真逆の感情へと突っ走ってしまった。
それが今の葉月への溺愛となって完成する。
後ろめたさを隠した罪滅ぼしとも言えなくは無いが、葉月にとっては迷惑でもあり鬱陶しい以外の何者でもない。

「えっと……、なんと言っていいやら」
「いえ、申し訳ありません、こちらこそくだらないことをお聞かせして」

慌てて、今ここで自分が話しているのは隣の研究室の先生様である、ということを思い出し、葉月は気持ちを引き締める。

「でも、お二人とも葉月さんのこととてもお好きみたいでしたけど」
「……こまったものですよね」

どうとでも取れる言葉を吐き出し、葉月は笑顔をキープする。
本当に心底困っているのだが、そこまで吐露してしまうほど葉月はこの男性と親しくもなければ、親しくするつもりもない。
その困った事、の中に、あれだけいじめたおしたくせに、ころっと態度を変えた兄弟のせいで、なにより、その兄弟のただれた女性関係のせいで、本人はさほど気にしてはいないものの、明確に男嫌いだ、という八つ当たりめいたものもある。
八木青年や、学生などは軽くあしらえる存在だからいい。
鈴木先生は彼女の中ではおじいちゃん扱いだからそれもよい。
だが、年上だけれどもまだまだ若く、どこか冷たい雰囲気を纏っている高山教授のことは、ストライクゾーンど真ん中に男性すぎて、まして友人と呼べるような間柄になろうともなれるとも思えない相手に対しては、正直なところ葉月はどう接してよいのかとまどっている。
今までは接触がなかったせいで気が付かないでいられたが、こうやってあらためて側にいると、叫びながらどこかへ行ってしまいたい衝動にかられる。

「えっと、よろしければ、というか、お送りします」
「……お願いします」

ここまできて、遠慮します、という言葉をなんのためらいもなく投げつけしまいそうになり、これは仕事だと心の中で何度も反芻する。

「でも、とても近いのでかえってご迷惑では」

なのに、最後の最後でどうにかしようと足掻くのは、自分の男性嫌いを思い出したせいかもしれない。

「遠慮しないでください。それにこのまま工藤さんを放っておくほうが心配でしょうがないですよ」

爽やかなのか胡散臭いのかよくわからない微笑をたたえられ、葉月は引き攣った頬をなんとか悟られないようにするのが精一杯だ。
やっぱり頭のいい人は変わったやつが多い。
その認識を新たにして、葉月は大人しく高山教授に連れられて実家へとたどり着いた。
その道のりはあっという間で、ためらうのも無理はないほど短い距離ではあった。
だが、よく知らない男性と密室で二人きり、という状態は思った以上に葉月へ緊張を強い、ましてや玄関を開けた後の喧騒を考えると、葉月は本当にここからどこか遠くへ行ってしまいたい衝動にかられた。
張りついたような笑顔のまま、丁寧すぎるほど教授にお礼を言った葉月は、想像よりもやかましい親子の攻撃にさらされ、生返事すら億劫な葉月はそれら全てを振り切って自室へとこもった。
疲れた。
これ以上最適な言葉は浮かばず、葉月は夢の中へと突入していった。



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7.25.2008

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