「あのさー、育ててくれたことは感謝してるけど」
婚礼前日、まさに奇跡としかいいようがない出来事が起きた。
魔物退治に出かけ、間抜けにも川に流されて死んだとされていたティナの父親シリジェレンが、ひょっこりとプロトア王都に現れたのだ。
当然すぐさま彼はニラノ家に連れてこられ、どういうわけか上司が彼の娘と結婚することを知る。
「お父さん」
明日花嫁になる娘は、予行演習のように涙にくれ、父親の両目尻を大いに下げさせた。
だが、それらを見るマグヴァルンの両目は剣呑なものを含んでおり、周囲にいる人間をはらはらさせる。
「あのさ、親子だから」
「血のつながりはないだろう」
「そういって手元において、ちゃっかり自分のものにしちゃう男と違って、僕はちゃーーーーーんと父親としてティナを愛してるんだからね」
痛いところをつかれ、マグヴァルンが黙る。
「いつのまにかこんなに大きくなって、よりにもよってマグのお嫁さんだなんて」
「不服か?」
「大いに」
「お父さん」
涙に濡れたティナに見つめられ、シリジェレンがためいきをつく。
「女の子はいつか嫁にいっちゃうもんだけど、でもさー、まさかマグとはねぇ」
「繰り返すが不服か?」
「これ以上ないぐらい。いい?ティナ、絶対絶対ティナに似た女の子を産んでね、それでいつか僕の思いを知ればいいんだ」
「いったい貴様はいつの話をしている」
「えーー、だって結婚ってそういうことでしょ?」
よくわかっているマグヴァルンは微かに顔を赤くし、余り理解していないティナは、ただ、無事であった父親を確かめるかのように寄り添っている。
「まあいいや、将軍は浮気しそうもないし、いや、したら軽く毒もるし」
「するわけないだろう」
「うるさい人間もいなさそうだし」
「お前以上にうるさい人間はいないだろう」
「仕方がないけど、本当に仕方がないけど、許してやるよ」
「……。すまない」
肩をすくめ、寂しそうにする親友に、短く謝りの言葉を告げる。
泣いたままでは明日に差し障る、との手伝いのものの忠告で、ティナは早々に父親と引き剥がされ、寝室へと放り込まれた。
残された男二人は、どちらからともなく、酒器を取り出し、二人きりの酒宴が開始された。
その酒宴は、やがて酒の飲みあい、意地の張り合いへと退化していき、翌日花婿の顔が大いにむくむ結果となった。
一方、急遽花嫁の父として参列したシリジェレンは、その優男振りを遺憾なく発揮し、涼しげな顔をしてティナをエスコートしていた。もはやそれについてはため息しかでず、叔父にからかわれながらマグヴァルンが交代でティナの手をとる。
貴族の家としては恐ろしいほど少人数で行われた婚礼は、ひどく感動的で、参加したものみなに、花嫁の美しい、幸せそうな顔が目に焼きつくこととなった。
ニラノ家はティナを向かえ、ますます栄え、程なくして子供の声が聞こえる明るい家庭となっていった。
ただ、年上の、だが年がそう変わらない優男に、「おとうさんと呼んでこらん」とからかわれる、非常に些細な出来事を除いて。