少女と将軍/第10話

 一応客人、であることから、プロトア国内でも高級である、と呼ばれる茶を供す。
彼は香りを嗅ぎ、遠慮なくそれを口にする。

「ローレンシウムの茶ですね。さすがに香りが高い」
「よくわかるな」

茶など飲んでしまえばどれも同じだと豪語するマグヴァルンには、その差は一向に理解できない。

「魔術師というのは、薬学も齧っていることが多いのですよ。結構鼻の効く人間がそろっています」

思えば、彼の地位に対して、砕けた口調を用いているマグヴァルンだが、正直なところ、どちらの地位が高いとも判断がついていない。貴族としてのそれならば、おそらくニラノ家よりも上の家系は腐るほどあるだろう、だが、職業としての位ならばマグヴァルンとて将軍職を賜っている、そう廉いものではないはずだ。
軍の頂点とはいえ、幾人もいる将軍と、おそらく宮廷魔術師とは言え、何人もいる魔術師ではそのどちらが上か、と即答できるものはいないだろう。
だが、魔術師の人柄か、生来そのような性格なのか、彼の雰囲気に飲まれ、マグヴァルンは軽口をたたくようになっている。

「ああ、毒薬も調合するんだったな、魔術師は。そういうのはあれの父が得意だったが」

あまり思い出す機会もなくなりつつはあるが、シリジェレンはマグヴァルンの同士であり、恩人であり、かけがえのない仲間である。ティナのこととあわせ、久しぶりに思い浮かんだ彼の笑顔に、おそらく苦い顔をしていたのだろう、魔術師は何も聞かずにただ頷いた。

「あの子は魔力を溜める器がもともと大きく、ですがそれを取り出す能力が非常に低いか、皆無だと思われます。悪いことに、成長期と重さなって、魔力量が増えたのでしょう。今までどうかできていたのが、できなくなった」
「器?」
「はい。魔力がある人間がいる、という程度はプロトアの軍人もご理解を?」

魔力を軽視している彼らにむかって、わかりやすい言葉を重ねる。頼りにならないものなのだから、知る必要もない、と、おそらくこんなことがなければ、マグヴァルンは知ることもなかっただろう。

「さらに、その魔力を引き出せて術に転換できる人間が魔術師となります」
「できない人間は?」
「ただの器。魔力製造機です」
「溜まった魔力はどうすればいいんだ?これからも彼女はたびたびああいう状態になるのか?」

魔術のあれこれ、よりもは、ティナのこれからの方が気にかかるマグヴァルンがたずねる。

「普通はあそこまでの器はいません。気づかない程度に微量でしたり、無意識に発散したりして解消できる程度ですよ。ですが、彼女の場合は無意識の発散ではまかないきれないほどの魔力量が問題です」
「発散と言われても、こちらは心当たりがないのだが」
「微量ですからね、多少は何がしかに影響を与えているとは思います。えっと、ここから先は非常に難しい話になりますが?」
「まあいい、で、どうすれば?」
「さっき私が行ったように、魔力を吸収する石を触れさせればいいのです、プロトアにはありませんか?」
「聞いたことがない」
「魔術師なら知っているとは思いますが。ああ、しかし、プロトアの魔術師は魔力がない人がほとんどのようですから、非常に有益なものになるかもしれませんね」
「有益?」
「はい、先ほど魔力を引き出せる人間が魔術師と申しましたが、中には他人の魔力を利用できる類の魔術師が存在します。我が国の場合、こういう魔力が高い子はそれを利用できるよう一箇所に集められる傾向にあります」

魔術師は、茶を口に含み、今までの軽薄そうな雰囲気を一変させる。

「あの子は、フェルミの子です」
「何を根拠に」
「足の裏に数字の刻印がついていました」
「数字?」
「はい、有体に申しますと実験体としか言いようがないのですが、高い魔力をもっている子供を集めて、一時期利用しておりました」
「戦時中か?」
「ええ。おそらく、そこの施設に集められたお子さんだと思います」

二人の男が見つめあい、どちらからともなく視線をはずす。
マグヴァルンは彼女を連れてきたシリジェレンの行動を思い起こす。
確かにティナは唐突にやってきた。
だが、それはフェルミの施設を襲撃した後ではなかったのかと。
どちらかというと表立った戦いではなく、裏をかくような戦い方を好む彼は、数人の信頼できる自らの部下と、第六部隊と共にフェルミのそういう施設を潰す作戦を遂行していたはずだ。
失敗もあり成功もあり、すぐに戦果として結果が出る類のものではなかったが、徐々にフェルミの戦力が落ちていったことから、彼らは何がしかの功績を残したのだろう。その中に魔術師の力の低下、といったことが報告されていたことを思い出す。
あれが、魔力配給源をたたいたとしたのならば、合点がいく。

「当時、施設が破壊され、実験体がいなくなった、という記録がこちら側には残っているはずです。あまり表立っていい施設ではありませんからね、中枢の一部しか知らないはずです」
「あんたは中枢の人間なのか」
「こうみえても、王宮付きですから。もっとも、あまり戦争向きではなく、研究専門ですが」

目の前の人間の、自分と比べるまでも泣く余りに脆弱な体に、素直に納得する。この貧弱な男が、戦地に立てば、いかに魔術の腕が優れていようとも、あっという間に倒れているだろう。

「魔術師といっても魔力が高いやつばかりではありません。そういう自分もどちらかというとそれが低い魔術師になります」
「吸い取った石は、魔術師にとって何かの役に立つのか?」
「もちろん。簡易な魔力供給体ですね、言ってみれば。正直に申しますと、プロトアにそういう魔術師がいないのならば、私に任せてくれると都合がいいのですが」
「おまえがティナを傷つけない、という保障は?」
「国ではないのですか?」

平和交渉が締結されたとはいえ、フェルミとプロトアは少し前までは敵同士であった。
その国の人間が、祖国プロトアに損害を与える可能性、ではなく、マグヴァルンは真っ先に個人的都合であるティナの安全について思い至った。それは、職業軍人としてのマグヴァルンにとっては失格ではある。

「どうにもならなくなったらティナを連れて逃げるさ、どこへでも」

だが、さらりと簡単に、根っからの軍人であるマグヴァルンに彼女のためならば国を捨てる、と言わせた魔術師は、気恥ずかしいのか微かに顔を赤くして口をあける。

「……将軍のそのお顔でおっしゃられると、まあ、あれです、安心してくだすって結構ですよ。王宮所属ではありますが、本当に研究馬鹿なので、そういった野心はまったくありませんから」
「信頼に足ると?」
「それはティナ嬢の容態で判断してもらっても結構です。私としても魔石が無料で手に入るのならこれ以上のことはありませんから。魔力とお金は裏切りませんからね、人を」

マグヴァルンは深く考え込む。 他国の、しかも魔術仕ごときを信用するのは軽率ではある。だが、彼の言うことが確かならば、ティナの体は余りにも特異である。その魔力はそういうものが欲しい人間ならば、卑劣な手段をもってしても手に入れようとする可能性がある。
執事に、ティナの様子を見てくるように言い含める。
言いつけ通り、彼女の寝室を一巡し、額の汗などをぬぐって帰ってきた執事は、彼女が穏やかに眠っている、と主に告げる。

「確かにティナの容態は回復した」
「そうでしょう?ですから、基本的には定期的に回収すればいいだけですし、直接体に触れるわけではなし」

顎に手をやり、逡巡する。

「個人的な客人としていつでももてなそう。名は?」
「アティアと申します。家名はありません、私も孤児でしたから」

ティナのことを指し、アティア、という魔術師が片目をつぶる。それだけで、彼が今、この場に魔術師として立っているのは、非合法な方法で連れ去られたおかげだ、ということがマグヴァルンに伝わった。
ただそれだけで、マグヴァルンは彼を信頼する気持ちが高まった。
数日後に、よりよい石をもってまた来る、という言葉を残し、アティアはフェルミへと帰国した。
それから先、ニラノ家には、行商の商人のような男が頻繁に出入りするようになり、これはそろそろティナの輿入れ先が決まったのかと、周囲の人々に噂させることとなった。

7.5.2010
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