御伽噺の乙女/第9話

「さすがに、すごいですね」
「ありがとう」

キセは、照れたように感謝の言葉を口にした。ポーリムの研究室への訪問が三度目となる彼女は、慣れたように茶を入れ、その香りをポーリムとともに味わっている。

「本当に独学で?」
「ええ、あまりこういうことは喜ばれないとわかっていますから」
「まあ、確かに。ですが今までよくばれませんでしたね、その魔力で」

キセの持つ魔力がひどく高く強い、ということは前回の訪問でわかっていたポーリムだが、それを使う能力そのものも酷く高い、ということを今回目の当たりにした。
彼女は他の術師の、十分の一以下の時間と手間で術を完成させることができる。
しかも、キセが特化しているのは物理的な魔術だ。
つまり己の魔力を物理的な何か、に変換して動かす。それが炎であったり、氷であったり、風であったり、多種多様ではあるが、どうやら火との相性がよいということは今日の実験で発見された。おそらく戦時中であれば最も得がたい魔術師となっただろう。今でもその兵器そのものの能力は他国への脅威となりうる質であり規模である。
こんな人間が野放しとなり、魔術院の監視も行われていない、ということは本来なら恐怖である。
だが、すっかりキセに捕らわれているポーリムは、その力に酔いしれることはあっても、上司に密告する、などといったことは思いもつかない。さらには、彼女の魔力が他に感づかれないよう、研究室と実験室の防御を念入りに施したほどだ。

「戴冠式の準備は進んでるんですかね?」
「ええ、おそらくは。私は王女の相手だけをしていればいいので、よくわからないのだけど」

流行の菓子をつまみ、色々なことを語らうのはキセの最近のお気に入りだ。
視野が狭く話題の少ない王女や、ただ一方的に情報を吐き出さなくてはならないシモンとは違い、学者であるポーリムとの会話は示唆に富んでいて刺激となる。

「王女様の婿さんもくるんですかねぇ、結局」
「そうみたいね。おそらくプロトアあたりの貴族なんでしょうけど」

ローレンシウムとプロトアは戦争が起こるまでは、お互いを補完し合ったそれなりに友好関係にある国であった。プロトアの先代王が何を思ったのか、ローレンシウムへ戦争を挑み、巧みにもう一つの隣国であるフェルミを巻き込んだその戦争は、結局三カ国とも何も得るものがないまま終了し、後に残ったのはお互いの国への猜疑心のみ。
それはどれほど時がたとうとも忘れることはできないものだろう。
だが、王族同士はその責任を取り、関係の修復に努めなくてはならない。そのためには婚姻という手段は簡易であり、強固なものだ。 残念ながらローレンシウムの跡取りはクロロ王女ただ一人。彼女が嫁ぐわけにはいかない。プロトアのアルゴ王は妃を取らない方針だ、というのは有名な話で、だからこそおそらくあちらの有力な貴族かもしくは王の遠縁あたりと縁戚を結ぶのでは、というのがもっぱらの噂だ。

「キセ様はご結婚は?」

貴族にとってはまだ早い、という年ではない。ダームスタ家では長女に嫁ぐ気配がないのでそれほど風当たりが強くないだけだ。

「兄が適当に決めるでしょうね」

やはり、王女に答えたものと同じ内容をポーリムへと返す。

「あの、魔術師に」
「無理ね」

控えめなポーリムの提案に即答する。
ローレンシウムでは貴族階級の女性は特定の職業を除いてそれに就くことははしたないとされている。王宮や家格が高い屋敷での侍女の仕事や文官としての仕事などは、さらにその先、つまるところ結婚への目的のための手段であり、歓迎されている。ダームスタ家ほどの家ならば、その必要はなく、士官学校などに進んだ長女が特殊なだけである。それにしても、王女がただの王女ではなく、次代を継ぐと俄かに決定したため、文官としての付き人と同じく、武官としての女性の付き人がいてもいいだろう、と判断されたためである。

「そう、ですよね」

当たり前の答えを返され、それでも悔しそうな表情をするだけ、ポーリムは魔術師としてのキセの素質をかっている。これだけの能力を自分だけが知る優越感もさることながら、埋もらせておくことを惜しいと思っているのだ。

「過ぎたる力は、結局邪魔にしかならない」
「そうですか?僕なら自慢してしまいそうですけどね」
「そう、思えればいいのでしょうけどね」

それきり黙ったキセに、ポーリムは最新の研究報告を始める。
饒舌に語り始めた彼をキセはうらやましげに見つめ、やがて好奇心が赴く方向に口を挟み始める。
日が傾きはじめる前に魔術院を後にしたキセは、王女の代行によりポーリムから魔石を受け取り、それを携え馬車へと乗り込んだ。
その馬車を見送るような人影があった。
その影は走り去った馬車をみやり、次に魔術院に視線を移す。
音もなくその影は去り、後には殺風景な魔術院の庭だけが広がっていた。

12.11.2010
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