御伽噺の乙女/第8話

「やっぱり、夫候補がまぎれこんでるみたい」

夢見る少女、のように期待半分不安半分といった表情で、クロロがキセへと勢いよく話しかける。
今日は勉強する気じゃない、の一言で一流の教師たちは下げられ、こうやってキセとの茶会の場へと変更された。相変わらず侍女は遠ざけられ、王女の私室には少女二人だけの声が響く。

「殿下のことですから、よき相手を選んでいますでしょう」
「だけど、やっぱり、こう恋愛にあこがれない?」

何を馬鹿なことを、と言う言葉を飲み込んだキセは、その代わりに自分が入れた茶を飲み込む。
貴族階級で結婚はすなわち義務であり、職務だ。
家を継ぐ男児ならば跡取りを設けるため、女児ならばそれぞれの家同士の結びつき、国の中での権力の維持のために適切な家へ嫁ぐのだ。
ましてや、彼女は王族だ。その義務は一般の貴族よりも強固であり、まして一人しかいない跡継ぎである彼女は、さらなる跡継ぎを国家安定のために生まねばならない立場なのだ。
恋愛、などといった都合のよい言葉で遊んでいい身分ではない。

「キセはどう?どういう相手が好き?」

王女は、唐突に話をキセにふり、目を輝かせてその答えをまっている。

「尊敬できる方でしたら。ですが、私の結婚相手は父か兄が決めるでしょうから」

無難な言葉を返し、王女を随分とがっかりとさせたが、それはキセの紛れもない本音だ。
浮ついた恋愛ばかりを繰り返す父は、もはやダームスタ家を掌握していない。家内のことは代わってキセが担当しているが、対外的なことは兄が勤めてくれている。もちろん、士官学校が終わるまで正式な家督を継ぐことはできないものの、それが終われば、おそらく現当主を苦々しく思っている老人たちの口ぞえで、彼が当主に納まるのだろう。そうなれば、キセは兄のいいような縁談がもたらされ、その通りに嫁いでいくのだろう。それがおかしい、とも嫌だ、ともキセ自身は感じていない。
だが、その優等生的答えに不満いっぱいの王女は、側近や近しいものの名前をつぎつぎとあげ、キセにいちいちどう思うかを尋ねていく。

「じゃあ、お兄様は?」
「尊敬申し上げております」

最後に、自分の兄をあげ、だけれどもあくまで隙のない答えしか吐き出さないキセを、残念そうにみつめる。

「お兄様、結構いいと思うんだけどなぁ。キセ綺麗だし」
「ありがとうございます。ですが、私では色々と不足でしょうし、何より年の差が問題になるかと」

キセの家は王家へ嫁すのに遜色ない家だ。それ以外を理由にするのならば、年齢しかないだろう。

「どうせ子供なんか生めないんだし、さっさと里にでも下がればいいのに、あの女」

あの女、とは随分な言い草ではあるものの、敵意を隠そうともしない人間に対し、いい感情を抱かないのはしかたがないことだ。それがたとえ、腹違いの兄の妻、この国の将来の王妃に対するものであったとしても。
王子妃はアスターとは幼馴染であり、幼い頃から彼へ嫁ぐべく育てられ、また周囲もそのように認識していた女性だ。順調に彼女は成長し、間に戦争は挟んだものの、終戦後無事彼女はアスターの妻となった。
だが、周囲の者は、終戦前後より、アスター王子の態度がひどく素っ気無いものへ変化していったことに気がついていた。
愛情に裏打ちされた二人ではない、だが、確かにそこには信頼と安心、という別の絆が存在していたにもかかわらず、以降の二人は、いや、アスター王子は妻への関心を失っていた。次々と宮中や外の女に手をだし、幾人かは愛人として囲いもしたが、その熱もすぐに冷め、アスターはまったく女というものに興味をなくしたようだ、というのは、跡継ぎを熱望する側近たちのもっぱらの愚痴だ。そういうアスターの態度に比例するかのように、王子妃の態度もひどく感情的となり、日々些細なことで侍女を怒鳴り散らしたかと思えば、泣いてすがりつく有様が目撃されている。
今では、アスター王子の渡りはなく、彼女は持て余す感情とともに、奥まった宮の中で暮らしている。
周囲は困ってはいるものの、クロロの存在より、あまり王子に忠告をする人間はおらず、それもまた王子妃の不興を買っている原因だ。つまり、彼女さえいなければ、自分の方へ王子が向いてくれるはずだ、と。
まったく的外れではあるが、八つ当たりを発散させる場のない王子妃にとって、できの悪い王女は当たりやすい相手だ。そう言うわけでクロロは王子妃を嫌い、王子妃はクロロを軽蔑している、という女同士のやりとりがある。
キセは王女付きとなり、噂以上の彼女らの関係を見聞きし、常に王女の側に立って彼女の話を聞くように心がけている。

「年の差なんてさー、私のお母様も随分と年が離れてるし、大丈夫じゃない?」
「血が濃すぎます、私の祖母は王家へ嫁いでおりますから」
「んーーー、でもさ、結婚してくれたらキセはお姉さまになるわけよね」
「ええ、まあ。ありえませんが」
「そんなことないんじゃない?なんかお兄様も気にしてるみたいだし」

それに関しては、キセ本人も薄々感づいていた。
広い宮殿で、彼の執務室と王女の私室は遠い。気まぐれに花を摘みに温室へ行ったところで、この確率で王子と廊下で出会う、というのは考えづらい。
おそらく、無意識なのか意識的なのか、王子はキセを探しているのだろう。
だが、キセは複雑な思いを抱くだけで、周囲が言うような気持ちは一向に抱いていない。

「つまんないなあ。キセが他に結婚しちゃったら、遊べないじゃない」
「クロロ様が結婚なさり、子を設けられれば、また私が参ります」
「教育係?」
「ええ、もちろん」

少女二人は、気持ちの上では遠い、だが、立場上は近しい未来を思い、笑いあう。
キセは、徐々に自らのうちの黒い思いに目を向ける。
ずっと胸の内にある、わきあがってはその身を傷つけそうな程、時には熱く、時には冷たい何かへの思い。
それは何か、を思い出し反芻する。
私は、許さない。
ふと頭の中に言葉が響く。
浮かんだのは一人の男。
まだ幼さの残る、彼。
一方的なクロロの話に適当に相槌を打つ。
キセは笑い、その場は誰が見ても華やかで楽しげな少女たちの茶会だ。
誰もキセの内面を知るものはいない。
だが、キセはいつしか、心のどこかから湧き出る真っ黒い何か、に目をそらさなくなっていた。

12.09.2010
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