御伽噺の乙女/第7話

「また花かい?」

前回と同じく、色とりどりの花を抱えたキセに声がかかる。
その声の持ち主を理解し、キセは臣下の礼をとる。

「ああ、こっちはただのさぼりだから堅苦しくしないで」

その声におっとりと顔をあげ、キセはまっすぐにアスター王子の顔を見すえる。

「クロロはわがままを言っていないかい?」

わがまま、と問われれば、王女の言動はそのものだろう。気まぐれに花が欲しい、茶が欲しい、珍しい菓子が欲しい、と、王女の欲求は次から次へときりがない。先日はとうとう恋占い、などという個人的欲望のために公的機関である魔術院を訪ねるはめになっており、機嫌がよくとも悪くとも、クロロ王女の言動は、周囲を振り回すものだ。
だが、それは王女が王女として育てられたせいだ、と理解しているキセは曖昧に微笑み返す。

「君は随分としっかりしているね」
「ありがとうございます」

アスターの心からの賞賛に、キセは社交辞令で答える。容姿を褒められることと同程度に、そのような賛辞は日々受けている、王子からだと、ことさら身構える必要はない。

「本当にクロロと同じ年?」
「そんなに老けて見えましょうか?」

くすり、と笑いを漏らしたキセに、王子があわてる。いくら少女だからとはいえ、年齢のことはご法度だと、側近などから大昔に注意されたことを思い出す。

「本当にしっかりしている、と思っただけだから気にしないでくれ」

それに笑みで答え、彼女は一礼して王子の隣から辞す。
その背中を、アスター王子は側近に捕らえられるまで、ずっと眺め続けていた。





「どうして?」
「ごめん、こうするしか」

この国では珍しい容姿をした少女が、絶望に表情を染める。
彼女はただ、それをもたらした男の顔を直視する。次に、緩慢な動作で自分の身におこったことを理解すべく視線を下に落とす。
彼女の腹には独特の装飾を施した剣が突き刺さっていた。その柄はしっかりとその男に掴まれており、隙間から血液が絶え間なく滴り落ちている。
痛み、を感じるまもなく、彼女の意識は遠のいていく。
床に散らばる赤い色が、自分が流したものなのか、今までの戦闘で齎されたものなのかもわからない。
少女は、口を開く。
だが、その声は二度と響くことはなかった。
ゆっくりと剣をひく男を、少女は見つめる。
そうして少女の目が閉じられていく。
少女の目に最後に映ったのは、まだ幼さの残る―――。



キセは寝具の上でひんやりとした汗をかいた自分を発見した。
部屋の明るさから、まだ起きるには随分と早い、と判断したキセは、寝返りをうつ。
まぶたを閉じると、先ほどの夢の光景がありありと浮かんでくる。堅く目を閉じ、ほかの事を考える努力をする。
徐々に、惨状は遠のいていき、彼女は再び眠りの中へと落ちていった。

12.08.2010
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