最近学内が騒がしい。男女問わず浮き足立っている感じだ。
全くなんだってこんなうっとうしいことに。
思わず握りこぶしを作りつつ、ある意味その原因である人物に目を向ける。
酒口和奈
目の前にいる友人であるこの美少女は、学内の騒動など何一つ気にしないで、
いや、気が付かないでのほほんと小説なぞを読んでいる。
そもそのあの一年生が和奈に余計なことを聞いてきたのが原因だ。
あれはテスト最終日だったか、やけに色っぽい女生徒が私達の教室にやってきた。
彼女は入り口付近にたむろする生徒に伝言を頼み、酒口和奈を呼び出した。
全学注目の美少女が、見知らぬ女生徒に呼び出される。そんなネタ注目されないわけがなく、
ほとんどのクラスメートが掃除をするふりをしつつ二人の動向に注目していた。
男が見たら、魅惑的な表情とでもいうのか、私からみたらただの媚だ、で和奈に笑いかける。
和奈ってば、相手の思惑なんてぜんっぜん気にしないとばかりに笑い返す。いや、実際気が付いていないだろう。和奈だし。
「先輩、高柳先輩の彼女なんですか?」
あたりまえといえば、アタリマエのことを言う。高柳と酒口といえば開校以来のベストアップルと噂される二人じゃない。
友だちの私も良くからかって遊べるほど、彼女達の絆は強い。
それを今更確認してどうするの。
聞かれた和奈も質問の意図が読めずにきょとんとしていた。
「だってぇ、先輩達からそんなオーラでてませんもの。ふふっ、特にあなた、
酒口先輩ったら、こうなんて言うのかなぁ。色気がないっていうの?」
ちょっとまったー。私のカワイイ和奈になに言うんじゃ、確かに和奈は色気はないよ、
色気は。体系だってよく言えば華奢だし(つまり、何もない)。でもそれはあんたが言っていいことじゃない。
堪えきれずに二人の間に割ってでた。
「ちょっと、あんた和奈になにいちゃもんつけてるのよ」
ふふん!と笑ってこっちに向きなおす。イチイチやることが癇に障るのよ。
「べっつにぃ。ただぁー、祐貴先輩がかわいそうだなぁって思っただけよ。
こんな貧相な体型の女にまとわりつかれて。私なら、ちゃーんとでるとこでてるからぁ、先輩も楽しめるのにぃ」
「あんたがどんな体型だか知らないけど祐貴は和奈以外には興味がないの、悪いけど、とっととどっかへ行ってくれないかしら」
そうよ、あの男は和奈以外全く興味がないのよ。近づく男全てに威嚇しまくってるでしょうが。そんなことにも気が付かないの。
「私、祐貴先輩をおとしますから。あなたみたいなお子様少女に彼はもったいないもの」
まさしく宣戦布告。
名前も知らない後輩は失礼にも名前も告げずに去っていった。
後にはクラスメートの息を呑む音が残るだけ。
おい、イッタイ何が言いたかったのよ。宣戦布告?だったら無意味だからやめておきなさい。
やつは、本当に和奈以外に興味がないんだから。
どんな絶世の美女が近寄ったって無駄。そう言いきれるわよ。あの悪魔には。
肝心の和奈は、と、彼女の方に向き直ると、何を言われたのかわからないまま硬直していた。
「かーずーなーー。大丈夫?あんなやつの言うこと気にしない、気にしない」
「いや、気にするって」
だめですか、気にしますか。和奈にしては神経に堪えたんだな、珍しい。
「だって、だって、私ってそんなに貧相なのーーーーーーーーーーーーーーー」
いや、そこですか気にするところは。ええまあ女心としては気にするのは当然といえるけど。そこじゃないでしょう、そこじゃ。
「和奈、気にするところはそこ?他は?祐貴のことも言ってたでしょ、ごちゃごちゃと」
「はい?おとすとかってところ?」
「うん、そこ」
「おとすって何?」
あ、今頭痛がしてきた。
「おとすってのは自分のものにするっつーか、祐貴と付き合うって意味?だと思う。
付き合うといってもお昼ご飯に、とかショッピングにとかじゃないよ、恋人として付き合うって言う意味だからね。」
馬鹿丁寧に訳してみる。いいかげん通じてくれ。
「ふーーーーん。あの子祐君の恋人になりたいんだ。でも私じゃなく本人に言えばいいのにね」
ニコニコと笑顔でおっしゃいますね。今クラスメートの半分(つまり女子だ)は耳ダンボにして聞き入ってるわよ。
「あんたそれでいいの?祐貴に女の子が近づいてもぜんっぜん平気なの?」
「平気っていうか、人口の半分は女性だし」
「いや、そうじゃなくて」
だめだ、わかってない。しかも無意識なのが始末に終えない。
私達の妙な会話にクラスメート達も熱のこもった視線を送ってくる。もしかして自分達にもチャンスがあるんじゃないかって。
ないない、全くない。1ミリグラムどころか1ナノグラムもないわよ、希望なんて。
ここはきちんと釘をさして、その上封印しとかないと。
「時に和奈ちゃん。将来の夢は?」
「祐君のお嫁さん」
即答ですか。良かった去年と夢が変わってなくて。
これにしたって本人の意図するところは一生祐貴のそばにいるためには、
現在家族でないので、結婚するのが一番手っ取り早い。という程度の意味なんだけど。
後は家族の洗脳だね。祐貴の両親と和奈の両親(兄はシスコンなので除く)が小さいうちから
祐貴のお嫁さんになるんだよーって言いつづけてきたらしいから。
深い意味はともかく、クラスメートへの釘さしには十分なはず。
教室を振り返るとやっぱりという顔と残念という顔をごちゃまぜにしたようなクラスメート達が掃除の続きを開始していた。
良かった。大事にいたらなくて。事態が悪化したらあの悪魔になんて言われるか!
あの悪魔、高柳祐貴は私に目をつけていたんだよね、和奈の防御壁として。
誰もが騙されるパーフェクトスマイルで近寄ってきたかと思ったら、開口一番
「田中さん、君を和奈の友だちだと見込んで頼むんだけど」
ここでもう背筋に寒いものが走ったわよ。
「和奈を、守ってやってくれないかな?そりゃあ僕が出来る限りのことはするけれど。男の僕では入れないところもあるでしょ?」
そりゃあね、クラスも違うし性別も違うんじゃあ四六時中一緒にいるっていうのは無理よね。でも、守るって?
「ほら、和奈ってあんなでしょ、無駄に敵が多いんだよねぇ。それに僕に横恋慕してる連中にも変なのがいるし」
確かに、人嫌いで、外見の割に物事をはっきり言う彼女は割と敵が多い。無駄に美少女だしね。
その和奈がかなり一般受けする容姿の祐貴とくっついてるっていうのは諦め半分ヤッカミ半分のところがあるらしい。
でもね、か弱き乙女にそのセリフはおかしいんじゃないの。
「いや、こんなこと頼まなくっても守ってくれると思うけどね、あなたは。ああいうタイプに弱いでしょ、
田中さん。彼女はかなり庇護欲をかりたてられる存在だと思うし」
ううう、その通りなのがくやしいわよう。私は今ではすっかり彼女の保護者気分なのよ。
もうかわいくてかわいくて、ってそうじゃない。
「ほんとはね、こっちの方がメインの頼みごとなんだ」
「なによ、その頼みごとって」
うっかり聞いた私が馬鹿だった。
「彼女に悪い虫が近づかないようにしっかり触れ回ってて欲しいんだ。あ、ついでにとどめをさしといてくれてもかまわない、
というか喜んで」
ニッコリ、あっさり、はっきりと目の前の王子様(と言われているらしい)がのたまった。
どうしてみんなこの仮面に騙されるのよ。目なんて笑ってない。
「無理に、とは言いませんよ。でもそうなるとアノコトハ…」
あのこと、あのことってなに?心当たりがありすぎてやましすぎる!っていうか何を知ってるの。
「いえ、たいしたことではありませんよ。ただとある教師と親密な関係にある。と小耳にはさんだだけで」
足元が崩れ去る感覚ってこのことなのね。と、妙なことに納得してしまった。
それにしても、どうしてあんたが知ってるの。あんなに気をつけていたのにっ。
え?そのことで脅す気?脅す気満々ね。その顔は。
あくまで天使の微笑をくずさない祐貴とは対照的に、真っ青になったり真っ赤になったり顔色を忙しく変え、
うろたえる私は完全に敗北した。悪魔の前に。
その日から私は和奈の防御壁兼露払いとなった。もちろん和奈を守ることは吝かじゃない。
むしろ進んでやりたいことだよ。でもあの悪魔と和奈をくっつける手助けをするのは、ちょっと、いやかなり良心が痛むんですけど。
しかも後で聞いたら、え?カマかけただけですよ。良かったです、あんなに簡単にひっかかってくれて。
なんてサラっといいやがるし。
目的は違えど悪魔に魅入られた者同士、和奈と私の中は前以上に良くなったんだけどね。
小娘が去った後、こんなことを思い出していた。
ふぅ。一応祐貴には伝えておけば完璧ねってそのときの私は思ったんだよね。それでお終いだって。
でもね、あの小娘、高柳と酒口は本当の恋人どうしじゃないって言いふらしちゃって、
おまけにものすごいスピードでその噂が広まって。
そうして今学内が騒がしい、というわけ。
和奈には私がついているので直接的な嫌がらせも告白もないけれど、それでも隙をうかがって、
という連中は有象無象にいるし。
祐貴に至っては休み時間毎にあの小娘とそれに感化された娘さんたちに取り囲まれてだいぶ辟易しているらしい。
いや、あいつがどうなろうとしったこっちゃないけど、祐貴の機嫌が悪いと、和奈が悲しむからね。それが心配。
あいつも本性ぶちまけちゃえまいいのに、一発で引かれるよ。でも、和奈にばれるのがいやらしいから、
我慢しているらしい。相変わらず和奈を中心に回ってるのね、やつの世界は。
お昼ご飯を食べた昼下がり、目の前の彼女はどこまでもほのぼのと小説を読み漁り。
私は人知れずため息をついた。