幕間-彼女の憂鬱-

6月。まだまだ雨が続く毎日。憂鬱になりながらも、一生懸命授業を聞いている振りをする。
今は数学の授業中。
学校一に人気教師、鈴木先生の授業だ。
180cmもある身長に、これでもかってぐらい小さな顔。バランスの良い体系。長めの黒髪に覗く瞳は切れ長で、 と、数え上げたらきりがないぐらい、この人への誉め言葉は多い。
そんなオトコマエな教師の授業でも、さすがに数学となるとファンの女の子たちも退屈しているらしい。 いや、顔を眺めるだけで精一杯って表情の子もいる。

私は数学にも先生にも興味がない(数学には申し訳ないけど)ので、
そっとばれないように隣を盗み見た。

高柳祐貴君。
私が転校してきて人目で恋に落ちた相手だ。
色素が薄いのか、茶色のサラサラな髪の毛に、大きな目。女性っぽいやさしい顔立ちだ。
でも、そんな優しい印象を、瞳一つでひっくり返す。
彼は、彼の瞳はいつだって冷静で、他人との距離をとる。数少ない例外を除いて。

ぼーっと見とれていると、いつの間にやら授業が終わっていたらしい。
いけないいけない、宿題があるかどうかも聞いてないや。
慌てて教科書などをしまっていると、クラスメートたちがお弁当を片手にやってきた。
友だちと食べるためや、食堂にいくため空席になった席をくっつけて、いつものようにみんなで食べられるスペースを確保する。
私のいるグループは3人なので、準備はすぐ済んで、早速食べ始める。

友達の一人が私の耳元で
「さっきの授業の後半、祐貴君を見てたでしょ」
ふふふっと笑いながら小声で話す。
彼女の席は、私よりも後ろなので、もしかしたらまるわかり?
「うーーん、つい、ね。授業わかんなかったし・・・。」
「数学難しいよねー、先生はいい男だけど」
数学の難易と先生の顔に相関関係はないと思うんだけど。
「でも、純もよく片思いなんてやってられるよねー、しかも絶対望みがないやつ」

それを言われると痛い。
恋に落ちるのが一瞬なら、失恋するのも一瞬だったのだ。この恋は。
転校初日に一目ぼれした私は、相手の名前がわかる間もなく、彼の恋人の存在を知ったのだ。しかもとびきり美人の。

「あ、噂をすれば、だ。姫のお出ましだよーん」

姫、そう、彼女はなぜだかこう呼ばれている。 たぶん、今時珍しい黒髪に、今まで一度も日にあたったことがなさそうな白い肌、 さくらんぼみたいな艶やかな唇、をイメージしてできた呼び名だろう。

「祐君、お弁当渡すの忘れてたみたい。ゴメンネ。で、ついでに一緒に食べよ。今日美紀お休みなんだ」

「わざわざありがと。でも、僕と一緒に食べるのはついでなんだ、“ついで”」
「意地悪言わないで、夜一緒に食べてるのに。お昼ぐらいは、裕君もお友だちと食べたいかもって遠慮してるのよ」
「いや、友達ももちろん大切だけど、僕は和奈と一緒に居られるほうが、数倍嬉しいよ」
「あー、はいはい、祐君はいっつもそれなんだから。」


激甘。
チョコレートにメープルシロップをかけて蜂蜜で割ったような会話が繰り広げられている。 そう、私は校内一のベストカップル(バカップルとも揶揄される)の片割れに片思いしているのだ。
幸か不幸か高柳君の席は私の隣なので、二人の会話は丸聞こえだ。
友だちがこっちを哀れむように見ている。
うん、言わなくてもわかっているよ。姫が相手じゃあ、私には勝ち目がないし。
なにより、この二人のラブラブムードに立ち向かえる人がどこにいる?

私も新しい恋を探したほうがいいのかもしれない。
でも、でもね。
はいそうですかって思えるほど簡単じゃないんだ、この気持ちは。
憂鬱な気分を振り払うようにしてお弁当に集中する。

ちらっと見た高柳君の笑顔はとても自然で、私の胸はずきずき痛んだ。
それに気がつかないフリをして一生懸命エビフライをぱくついた
いつもより苦い味がした

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