セリ

「なんだ、ブスではないか」

間抜けな王子の非常識な一言に、呼び出された地味な女は眉一つ動かさなかった。
あきらめもせずヴァイシイラ家の娘を呼びだしていた王子は、ようやく四女と対面することとなった。
いいかげんな調査書にも彼女の年齢程度は記してあり、十以上若い彼女ならば容易に御すことができるだろうとはりきっていた。
今までのヴァイシイラ家の娘たちは、趣こそ異なるものの、どれも美しくあり、まさかこのような造作の女が現れるとは思っていなかったのだ。だが、それにしても王子の一言は無粋であり無神経である。

「王子、鏡見てから物を言いなさい」

あまり口出しをしなかった宰相すらとりなそうとするほどだ。

「それがあなたに何か関係があるのですか?」

全く動かない表情で淡々と言い募るセリは、二女と同じく高名な学者である。
次女程派手な分野ではないものの、彼女の緻密で統計学的な研究は、言語、歴史の分野において非常に高く評価されている。また、高い魔力をもち、精度の高い魔術を使うことでも有名だ。おそらく五人姉妹の中で、魔力としては最大のものを有しているだろう。それが、外見と同じく、あまり目立たない方向に発揮される、というだけである。

「それに」

王子はセリのささやかな胸部を一瞥し、わざとらしくため息をついた。
ルクレアさえ見なければ、それがヴァイシイラ家の女の特徴のように、非常に慎ましやかだからだ。
初対面にて、どういうわけだかセリのことをよく思わない王子は、呼び出した側だというのにけんか腰で彼女に対応する。

「再度尋ねますが、それが何か関係あるのですか?」

丁寧だが、にこりともしない顔で言われると、迫力が増す。まして、彼女は不細工、というよりもはただひたすら地味な造りをしているだけであり、冷たい印象を与える彼女が勤めてそのように振舞えば、さらに冷酷さは増していくのだ。
ぐっと、室内の気温が下がったよう気がして、後に控える護衛騎士が無意識に腕をさする。

「私の時間を侵食するに匹敵するほど重要な案件があるのでしょうね」

馬鹿王子は相手にならぬ、と、セリは宰相を静かに見つめる。怒りも憤りも、何も見せないその視線に宰相がこらえながら笑みを作る。

「申し訳ございません。セリさまをお呼びすることだけは止めたのですが」
「あなたに他意はないのでしょう。この茶番はなんのために設けられたのですか?」

宰相には一定の敬意を示すセリに、面白くない王子は口を挟む。

「私の妻を選んでいるのだ。ありがたくおもえ!ヴァイシイラ家の人間から選んでやるのだから」
「姉は?」
「申し訳ございません。ですが何分」

くだらないことに夢中な方が国政が安泰なのですよ、とは言えない宰相は困った顔で口を噤む。それを十分汲み取ったセリは、また無言で頷く。
それを気に入らない王子は、再び阿呆なことを口走る。

「お前でも良い、妻になれ」

ここにきてようやく片方の眉のみが反応したセリは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私はあなたの従弟と婚姻していますが、まさか忘れたわけではございませんでしょうね」
「そんな物好きが!」

絶句した失礼な王子に、だがセリは無表情を貫く。家族によれば、これでも十分顔色を変えてはいるのだが、それを他人が汲み取るのは非常に困難だ。

「本当にその調査書、なんの役にも立ちませんねぇ」

わかっていた宰相は、薄い書類を持った王子に哀れんだ声を掛ける。
もちろん、彼はセリが王子の血族と結婚していたことを知っている。そして、その従弟とは、王子が最も苦手とする優秀で美麗な男だということも。おまけに、彼の方がセリに惚れこんでセリたちの母親に頼み込んで結婚にたどり着いたということも。

「この時間があれば、どれだけの書が読めるとお思いですか?」

全くもって時間を無駄にされたセリは、静かに王子に問いかける。

「私の方こそ、時間の無駄だ!どいつもこいつも全く」

反省するはずもない王子は、セリに吐き付ける。
セリは黙って、一礼ししゃんと伸ばした背筋をそのままに、退室していった。
数日後、王子の下に華やかな装飾を施した筆記具が届けられた。出自がはっきりしないそれはどういうわけか数々の関所を潜り抜け、王子の手に渡ることとなった。
そして、王子は数ヶ月間夜になると顔が青と赤のまだら模様となる呪いにかけられることとなった。
ヴァイシイラ家の四女が、言葉の専門家から派生して、膨大な魔力を利用して呪術師として有名なことは、この国で知らないものはいない。
世継ぎの王子を除いて。