4話

 麗しの王子ローゼルは深く悩んでいた。
子供の頃から手が掛からず、いやどちらかといえば冷めたところのある王子を、周囲は尊敬と心配の眼差しで見守っていた。
全てを易々とこなし、それを奢らず、涼しげな顔で過ごす彼をみて、すばらしい王子だと褒め称える一方、その隙のなさから人間味があまりにも薄いのではないかと。
それは、一種の妬みなのかもしれないが、それでもローゼルの本質を突く評価ではあったのだ。
ローゼルは人間に対する興味が薄い。
周囲の人間を全て格下だとみなし、見下す、といったものとは違い、根本的に興味すらないのだ。
それは上から見下ろした視線よりもさらに冷淡なものである、ということを知るのは彼をよく知る人間たちだけである。
表面的な友人も知り合いも、さらには恋人さえいるローゼルは、快活で聡明な王子「さま」だ。民の声をよく聞き、議会との調整も達者な彼は、仕事だとて順調にこなしている。
誰が、彼にそのような漠然とした不安感からくる何かに苦言を呈するだろうか。
王子は、人間的に欠陥があります、などとは口が裂けてもいえないだろう。
だが、ここ最近の彼の様子は、どこまでも人間くさいそれであり、周囲のもの、特に幼少から彼をしる教育係などは、その傾向を喜ばしいものとして観察しているありさまだ。

「王子、どうされましたか?」

僅かに寄った眉間の皺から、かつての教育係、現在の側近は彼の機嫌を推察した。
おそらく、悩みがあるのだろう、と。
常ならば、表面的な笑顔で交わされてしまうそれに、王子は動きを止め、ため息をついた。

「おまえなら、どれぐらいの歳の差ならいけると思うか?」
「歳の差、でございますか?」

最近のローゼルが、歳若い学者であるヴァイシイラのものと懇意であることを把握している彼は、彼女の関係であることを予想して返答をする。

「そうですね、あまり離れておりますと、話題にも困ることが」
「いや、それについては問題がない」

即答したローゼルに、元教育係は言葉につまる。
最近彼は、妹の子におじさん、と呼ばれ衝撃を受けた記憶があるが、まさか王子に対して、おじさんと呼ばれるのはつらいものですよね、と同意を迫るわけにはいかない。 ヴァイシイラ家のセリを思い出し、彼女のおおよその年齢を推測し、答えを述べる。

「セリさまの歳でしたら、若いといえばお若いですが」
「そうなのだ、まさかあれほど若いとは」

有名なヴァイシイラ家においても、セリはその存在が上の派手な姉妹において埋没している。
側近にしても、セリを三女であるルクレアあたりの年だと想定して会話を続けている。いくら有名な家だとはいえ、五人姉妹全員の年齢を知っているほど、彼女たちの事を知っているわけではない。まして、セリはかなりの速度で今の地位にあるのだから、学歴や職歴などの中途半端な彼女に関する知識を有している人間ほど、誤解をすることは仕方がないことだろう。

「それでも共通の話題があれば、よろしいのでは?セリさまは非常に優秀な方だと聞いております」

あの分野に全く疎い彼は、どう彼女が優秀かは知らない。彼女が害のない人間で、王子に不利益を齎さない人間であると知っていればいいだけだ。ここの国の王族は自由度が高く。自己責任の度合いが強いのだから。

「話題か。確かにそれは困ったことがないな。彼女は非常に聡明だ」
「でしたら、別に悩まれる必要はないのでは?」

王子が、まさか別の方向で悩んでいることを知らない彼は、全くもって安易に背中を押した。
歳の差がある友人同士でもいいのではないか、と。真の友人がいない王子に少しでもそれに近づける人材がいるのなら、邪魔をする必要性は全くないのだと。
だが、そんなことを考えているわけではない王子は、都合のいいように解釈し、そして会心の笑顔を浮かべた。
王子の笑顔に安堵し、二人は思惑はどうあれ、非常に和やかな会話が進んでいった。
セリの正確な歳を把握し、そして王子の思惑を知った彼が、僅かに頭を抱えるのは少し先のこととなる。