1話

 夕食は出来るだけ家族そろって、という祖母の残した言葉により、ヴァイシイラ家の人間は可能か限り食堂に集まる努力をしている。
本日は一家の主アヤメとその子供五人姉妹のうち二人だけが食事を供にしていた。
長女アベリアと四女のセリである。
次女は仕事先、三女はどこかで、そして五女にいたっては大陸のどこか、で、おそらく食事をしているのだろう。
それは、彼女たちそれぞれの仕事によってもたらされた状況だ。
次女ダリアは薬物の専門家であり、自身の魔力と能力により今では国立研究所のお抱え学者である。彼女はその美貌と頭脳によって非常に目立つ存在であり、またそれを有効に活用する術を心得ている人間である。恐らく、信奉者と呼ぶべき下僕が捧げる彼女好みの食事を口にしていることだろう。
三女ルクレアは、この国に知らないものはない、と言われるほどの歌い手である。大輪の花を思わせる容姿には当然男が群がり、彼女もまた信者と呼ぶべき熱狂的客たちと食事を供にしている可能性がある。
そして、五女ユッカは、幼いながらも人間離れした身体能力をいかし、他大陸を冒険中だ。彼女ならいついかなる場合においても、きっと食料を調達できるだろう。

「研究所はどう?」

黙々と食事を口に運ぶ四女に、長女が声をかける。
母であり当主であるアヤメは口数が多くはなく、誰も口を挟む余地はないほどしゃべりたおす次女や、歳相応に話し好きの五女がいなければ、この三人ではあまり会話は弾まない。それでもそれが居心地が悪いわけではないのは、そこは血がつながった家族ならではなのだろう。

「普通」

次代の当主としての貫禄を備えつつある長女の声掛けに、四女は素っ気無く応える。
機嫌が悪いわけではない。
これがセリにとっての常態だ、ということは家族の誰もが理解している。

「もっとこう派手な分野に行く気はないの?」

セリが専門にしているのは言語学だ。
しかも、土着の言葉を丁寧にさらい集め、系統だててまとめ、それを解釈していく、という非常に地味で目立たない分野だ。当然国家の予算も少なく、彼女はその僅かな予算を元にこつこつと仕事をこなしている状態だ。同分野の人間からは、彼女は堅実で有能な学者として評価されてはいるが、一般の人間にそれを説明するのは難しい。その点、ダリアは、誰もが知る薬を開発したり、それを元にヴァイシイラ家に富を齎したり、と、その行動全てが派手である。アベリアに比べてどうこう、というつもりはないのだが、なまじ優秀だと妹を評価しているだけに、少々歯がゆい思いがあるのだ。

「ない」

セリは短くアベリアの問いに応じ、スープを口に含む。

「お金ならいつでも言って。いくらでも出すから」

商売人とは思えない言葉を吐き出したアベリアに、セリは少しだけ驚いた顔をした。
アベリアは、たとえ家族であったとしても、そう言う部分で温情を示す女ではないからだ。

「大丈夫。投資してくれる、っていう話があるから」

アベリアの心情を理解したのか、セリが珍しく長い文節を口にする。

「奇特な人ねぇ。誰それ?私が知っている人?」

こくんと、小さく頷き、セリは食後のお茶を手にする。

「王子」
「何番目の?」

この国の王家は、ただのお飾りであり象徴である。本人たちはそれを十分自覚し、それなりに立派に見せながら外交をこなしている。
現在の王は、二人兄弟の兄の方であり、兄弟そろってそれぞれ何人かの妻を抱えている。一夫一婦制の国において、そのようなことが許されたのは、彼らの個人的なそれのせいではなく、ただ単に王族の数そのものが激減したためにとられた一時的措置だ。
どういうわけか王と王弟の一代上の世代は体が弱く、また運も悪い人間ぞろいだったのだ。簡単にいなくなり減っていく彼らは、最後にはとうとう兄弟二人となり、このままでは絶滅してしまう、という珍種の動物のような扱いとなってしまった。頭を抱えた議会側は、彼らにそれ相応の側室たちを娶らせ、産めよ増やせよを推奨した。その結果、市井のアベリアなどが「何番目」と口にしてしまうほど、王子の数が多くなってしまったのだ。

「五番目」

王弟は現在継承権の第二位を頂いている。
王に王子が生まれたのだから順位が下がるわけではなく、ただ単に年齢順に継承権は与えられている。そのため、国民は父がどちらであっても、ただ生まれ順で第何王子、と呼称している。

「というと、ローゼルさま?」

今度はアベリアが驚いた顔をして、セリの言葉を聞いた。
数多くいる王子たちの中でも非常に目立つ人物の名前をセリがあげたからだ。
ローゼル王子は、その容姿もさることながら、頭脳の優秀さで際立った王子として有名だ。線が細く神経質そうなところを除けば、理想の王子だと人気が高い。
第一王子が目に見えてぼんくらなため、ローゼルにこそ王位を、と思っている国民も多い。

「呪術に興味がある、らしい」

セリの言葉に、アベリアは納得する。
呪術、とは発現のさせかたは様々ではあるが、言葉をもとにした魔術であることは確かだ。正統的な言語を研究しているセリがその分野に明るいとは思えないが、かすりもしない、というわけではない。
なんにせよ、国の研究所においても後ろ盾があるにこしたことはない。アベリアは華やかに笑い、頷く。
セリも家族にしかわからない程度に笑顔を浮かべ、そしてその日の夕食は終わりを告げた。