ためらいの冬・後編
 そのままウトウトしていたらしい。気が付くと部屋の中は真っ暗。あわてて電気を付ける。 明日は会社なんだからしゃきっとしないと。そう思いシャワーを浴びるべくバスルームへ向かう。
部屋の明かりに呼応したのか、玄関をノックする音がする。
嫌な予感がして、そろそろとドアスコープを覗く。
ビンゴ!
やっぱり大越さん。無精ひげまで生やして何してるんだろう。

「何?」
「理佐さん、開けてください」

必死になって縋り付いて来る。

「いやだ」
「理佐さん!」
「何の用?」
「用って、お願いですから話を聞いてください」

うるさくって近所迷惑になるけれど、ほっておく。
今彼と話をする気力はとてもじゃないけどない。

「放っておいて、あなたと私は無関係でしょ」

言い捨ててシャワーを浴びる。
イライラする。これほどまで気持ちをかき乱しておいて、今更何しに来たの?
馬鹿にするにもほどがある。
乱暴にバスルームのドアを閉めた後、念のため玄関先を覗いて見る。

いた・・・。

大の男が玄関先にうずくまっている。
この前といい今回といい、いいかげん近所に通報されてしまいそうだ。

「帰ってください」
「嫌です。お願いだから話を聞いてください」
「何を聞くの?彼女が本命だからセカンドになってくださいって?ばかにしないでよ」

ヒステリックに叫んでしまう。
自分の中にこれだけの情熱があったことに驚いてしまう。もっと枯れた人間だとばかり思っていたのに。
髪から落ちてくる水滴以外のものが落ちてくる。
いやだ。これは涙なんかじゃない。
たまらなくなってうずくまる。
典型的な振られ女じゃない、私って。

「理佐さん。僕が好きなのは理佐さんだけです。お願いだから開けて」

抵抗することに疲れたのか心が麻痺してしまったのか、彼の懇願のような願いをきき、ドアを開けてしまった。

「理佐さん」

そう言うなり何も言わずに抱きしめられる。
この感覚は嫌いじゃない。
頭の中ではアラームがなっている、このまま流されちゃだめだって。

「何しに来たの?」

できるだけ気丈に振舞ってみせる。

「この間のことを謝りに」
「で?」

聞きたくない。耳を塞いでしまいたい。

「誤解です、あの電話はただのイタズラです」
「ふーーーーん。で?」
「理佐さん、聞いてください。あの日は新人がミスをしてしまって、課をあげてフォローしていたんです」
「そうなんだ」

心が動かないから思いっきり棒読みで答える。
思い出したけど卓也も同じようなこと言っていたな。 誰かがミスをして土日も潰れただのなんだのって。浮気男の常套句なんだろうか。

「信じてください。明日会社に行けばわかりますから」

男同士の口裏合わせなんて信用ならないもののナンバーワンじゃないか。
こいつの周りは全部まるごと含めて信用ならない。

「理佐さん」

必死になって説得しているようだけど全部届かないから。
もうね、ごめんなのよ。疑心暗鬼の付き合いっていうの。
いつまでたっても私が納得しないからなのか、いつもは温厚な大越さんも段段いらだってきてるみたい。

「大変ねぇ、営業も。お疲れ様でした」

まるっきり心のこもらないねぎらいの言葉をかけてやる。
少し涙目になって、でも諦めない様子で続ける。

「連絡しようと思ったんですけど、家族もちの上司すらかけていない状態なのに、僕だけかけられなくって」

ぎゅーっと抱きしめたまま話そうともしないこの人は、そのまま話しつづける。

「やっとかけられる、と思ったらもう理佐さんの携帯にはつながらないし」

そうね、女の電話の後すぐに電源落としましたから。

「家電にも通じないし。ここに来ようにも真夜中だと躊躇してしまって」

結構常識はずれのことを連続技でこなす割には、常識的なことを考えているらしい。

「土曜日に来てみたらいないし、相変わらず電話は通じない」

背中に回している手に力が入る。

「どこに行ってたんです?」
「あなたには関係ない」

拒絶の言葉を吐いた瞬間、背中を壁に押し付けられ肩を両手で抑えられた格好でキスされていた。
乱暴で怖いぐらいの、でも気持ちが伝わってくるようなギリギリのキス。

「理佐・・関係ないなんて言うな」

熱に浮かされたような口付けも、狂おしいまで繰り返される言葉も、もう何も考えられない。

この人が好き。ただそれだけ。





 スズメの声がするなぁ。朝?
うっすらと明るくなった部屋をぼんやり眺める。
ベッドの上には私と大越さん。
昨日大越さんがやってきて、それで。

考えると顔が赤くなる。まともに顔が見れないよう、きっと。
慌ててベッドから出ようとすると、私の背後でものすごい勢いで跳ね起きた人がいる。
や、大越さんしかいないんだけど。

「理佐さん?」

毛布を肌に巻いてとりあえず隠す。
ものすごく恥ずかしいけど、このままじゃ埒が開かない。

「あの、ごはん食べる?」
「理佐さん!」

必死の面持ちで私の両肩に手を置き、真剣な表情で訊ねる。

「・・・・ひょっとして何かありましたか?」

今、真剣に殺意が沸いたぞ。
この状況で何かって何?

「さぁ、どうでしょう」

ものすごく意地悪く答えてやる。
動揺したまま固まる。固まりたいのはこっちの方よ。

「あの・・・・・・」

そう言って背中に手を回して抱き寄せる。

「愛してます理佐さん・・・結婚してください」

今度固まるのはこっちの方だった。言うに事欠いて結婚?
ショートしそうになった回路を必死で繋ぎなおして頭を整理する。

「つまり、責任をとると」

いや、今時そんな人はいないと思うが、万が一そんなことを考えていたら、グーで殴ってやる。

「違います。いつもいっしょにいたいから」
「だって、つきあってもないよ私たち」
「ええ!」

肩を持ってガクンガクンと揺すぶられてしまった、真剣に。

「僕は付き合ってるつもりでした秋から」

えっと、確かに告白されたのは覚えているけど、受諾した覚えはない。

「だって、理佐さん、僕のこと好きでしょ」
「なっ!!!」

この自信過剰男、何を言い出すの?

「ええ?昨夜はとっても素直だったのにぃ」

おい!やっぱり覚えてるんかい。
さっきのあれはカマかけ?
あっけに取られている私をよそに彼はマイペースを取り戻して先を続ける。

「理佐さんも僕と一緒に暮らせば楽しいですよ、きっと。家事でもなんでもできますから」
「・・・・・」

もはや無言で対抗するしかないではないか。

「だから、ね。うんと言ってください」
「・・・・・」

あくまで無言を通そうとする私に対し、いつものような朗らかな笑みじゃなく、とてつもなく裏のある笑顔で高らかに言い放つ。

「じゃあ、もう一回する?」
「はい?」
「いや、愛情が足りないかと思って」

愛情って、愛情って。口をパクパクさせてうろたえる私を簡単に組み敷く。
こういうところがスマートだから嫌いなのよ、なんて八つ当たり気味なことすら考える。

「大越さん、今日会社だから」
「こっちの方が大事」
「や、ほらね、仕事片付けないと年末に食い込んじゃうし」
「じゃあ、結婚する?」

目がマジだ。この人真剣に言ってるらしい。二者択一か?いや、一者択一だぞこれ。

「あっと・・・とりあえず前提にってことじゃ・・ダメ?」

無理があるけどかわいらしくお願いしてみる。

「うーーーーん、とりあえずそれでいいけど・・」

けどって何?まだなにか吹っかける気?

「名前で呼んで」
「なまえ?って名前ですか・・」

ここで知らないっていったらなし崩しに襲われそうな雰囲気。

「ほら、高宏って」
「えっと、その高宏さん」

名前を呼んだ瞬間、満足そうに微笑んでやっと私は開放された。
なんとか大越さんの分も作った朝食を食べながら思う。
私を捕まえたこの人は案外とんでもないやつだったんじゃなかろうか。
柔軟な笑顔の下に食わせ者の本性を隠した悪魔。



ためらいがちの冬が来て、隣に座る人ができた。
でもやっぱりため息がでる、そんな24歳の冬だった。


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9.15.2004update
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