ためらいの冬・前編
「やっぱり恋人同士のイベントですからね」
「ふーーん・・」
「・・・そんな気のない返事を」

ここはどこにでもあるカフェで、今日は日曜日、目の前にいる男性は営業課の4つ上の先輩の大越さん。

「だって、恋人同士、なんでしょ?だったら関係ないじゃない」
「ええ!そんなひどい」

そう言ったきり、しょんぼりワンコはひどく落ち込んでしまった。
だって、大越さんと私は同じ会社の先輩後輩でしょ?

「恋人同士じゃないんですかぁ?」

そんなに人の良心に訴えるような眼差しで見ないで頂戴。
確かに、ほんの数ヶ月前、彼に告白されたような気がする。けど、返事はしていないはずだもの。ちょっと卑怯だけどさ。
落ち込んでいた彼も早々に回復してニコニコと話を続ける。この人もこう見えて侮れないやつ。

「で、やっぱりクリスマスは二人で過ごしたいな・・と」

先ほどから穴が開くほど雑誌を見つめながら熱く語るこの男性は、どうやらイブの過ごし方について訊ねているらしい。
テーブルの上にあるのは、必見!彼女が喜ぶ人気スポットだの、デートのお勧め○○プランだの、 おいおいそんなのに踊らされるなよ、と呟きたくなる雑誌が山積みになっている。
大越さんは、はっきりいっていい男である。優男とでも言おうか、 こんな雑誌なんか頼りにしなくっても女の子が喜びそうなデートコースをさらっと提供できそうな雰囲気だし。
本人ものすごくまめな性格だもの。
でもね、この人ちょっとだけ近くで観察してみると、かなりおもしろいのよ。
バーより居酒屋、イタリヤ料理より焼き鳥屋、スポーツ観戦はビールを飲みながらテレビの前で、 といった風に、彼に憧れている女性に実態をみせてやりたくなるぐらい。
で、私はといえば想像の彼よりも現実の彼の方が相性がいいわけで。だからこうやって 週末一緒に出かけるようになってしまったというか。

軽く回想なんてしていたら、しょんぼりワンコが心配そうにこちらを覗きこんでいる。

「あーーー、そんなのよりお家でゆっくりしたいかも。日本の冬はやっぱりお鍋に日本酒でしょう」

そんなことを咄嗟に呟いてみた。
大越さんは眼鏡越しでもはっきりとわかるぐらい目を見開いて、驚いていた。

私なにか変なこと言った?

「いや・・・・あの。家に上げてもらえるんですか?僕」

そういえば、お互いのうちで会うことはなかったな、今まで。ファーストコンタクトを除いて。

「うーー、まあ、いいよ。家来ても」

照れくさいので、ちょっと投げやりに言ってみたら、大越さんは跳ねるように椅子から立ち上がり、 私の手を両手で掴み興奮気味に訴えかけてきた。

「いいんですか?」

えっと、何をっていうのもちょっとあれだよね。仕方がないのでコクコクと頷いておく。

「やった!!」

そう言って小さくガッツポーズを決める。
たかが家に来るぐらいでそんなに喜んでもらえるとは。
彼の意外な一面を今日も垣間見た気がする。



 イブの過ごし方が決まってから、あからさまに上機嫌な彼は毎日毎日妙にハイテンション。 今からそんなのだと息切れする、というか倒れない?
私の心配をよそに、彼の仕事は絶好調。本人は「プライベートも絶好調ですから」なんてのたまう。 そのたびに、事務方やら秘書課の女性からの視線が痛いような気がしなくもない。

私は、といえば、微妙にやっぱり楽しみにしている。狭い家だけど念入りに掃除してみたり、料理雑誌を手にしてみたり。
こんなに浮かれ気分なのは久しぶりかも。
卓也との付き合いでは後半はこういったイベントも惰性化しちゃっていたからね。
心配事と言えば、その元彼のこと。由美からの話だと、あれからすぐ離婚したらしい。
するのは勝手だけど私の実家付近をうろついて、現住所を探り出そうとしてるいるみたい。 まさか興信所なんて使わないだろうけど、用心に越したことはない。またいつかみたいに会社前で待ち伏せしないとも限らないし。



「日向さんご機嫌ですね」
「はい?そうですか?」

おかしい今日は会うたびこう言われる。私としては普通にしているつもりなのに。
イブ当日、といっても平日なのでいつもと変らないはずなんだけど。今年は偶然次の日が土曜日なので、夜遅くまで大丈夫。
残業なんかしないように、注意深く仕事を進める。
ようやく一日の仕事が終わり、定時でとっとと帰宅準備を始める。
速やかに家へ帰り、鍋の準備をする。切って並べるだけだが。
一人用のコタツの上を片付け、全てをセッティング。これであとは大越さんを待つのみ。
落ち着かないけど雑誌を手にとり彼を待つ。こんな瞬間も久しぶりすぎて懐かしさすら覚えて しまう。

p.m.9:00連絡無し。
おかしい、今日は残業無しの定時あがりとメールがあったのに。そわそわした気持ちを落ち着かせてしばらく待つ。

p.m.10:00連絡無し。
はて?トラブルでもあったのかな。だとしたら電話しても申し訳ないし。 営業の彼が外部とのトラブルで借り出されることなんて日常茶飯事だし。

時計の針の音だけがする部屋で、ひたすら空腹に耐えつつ彼を待つ。
だんだん腹がたってきた。人間お腹がすくとろくなことを思いつかない。
大越さんと一緒にいた女性のことだとか、秘書課の綺麗なお姉さま方のことだとか。
このままだとますますマイナス思考に陥ってしまう。
頭を振るって、牛乳を飲んでとりあえず落ち着かせる。

a.m.2:00連絡無し。
これは本格的におかしいぞ。メール一つ電話の一本もできないものか?

意を決して携帯を手にとり、彼の番号を表示させる。
どうしよう、かけてみようか、そんなことを迷っていたら、突然それが鳴り出した。
ディスプレイには大越の名前が。
深呼吸して気分を入れ替えて電話にでる。

「もしもし?」

そう答えた瞬間

「待っても無駄よ」

携帯越しに女性の声が聞こえ、私の反論も待たずに切れてしまった。
後はいくらかけなおしても、留守番電話サービスにつながってしまう。

えっと、今の誰?
1.彼の姉妹で親切にも私に連絡してきてくれた。
2.彼の同僚で以下略。
3.彼が声変わりした。

オイ、私何考えてる?1や2なら名乗るでしょ、普通。しかもあれは絶対彼に気がある人間の声だ。 3・・は何考えてんの?前向き思考もこう言うときには能天気って言うんじゃないの?
可能性としては、また二股かけられていた、しかもあっちが本命ってことでしょうが。
自分の馬鹿な思考と至ってしまった結論に奈落の底まで落ち込んでいく。
よりにもよって休日前のイブにこんな目にあうなんて。
今年は厄年だったっけ。ははは、おかしすぎて涙もでないや。
その晩思いっきり落ち込んだ私の元に、彼はとうとう現れなかった。



 清清しい日曜日、リスタートにはもってこい。
別に大越さんとはお付き合いしてたわけじゃないしね。
金曜日の夜にドタキャンされてしまった私は、土曜日の早朝には実家へと逃げこんでいた。
突然現れた娘に対して驚きもせずに両親は迎えてくれた。
いつもはからかってくる弟もこの日ばかりはそっとしておいてくれる。

「ねーちゃん、今日帰るの?」
「あー、うん、帰る。まだ仕事あるし」
「年末までいればいいのに」
「そういうわけにはいかないの。まあ・・いたいのは山々だけど」

たわいもない会話。
暖かい食事。私の居場所がちゃんとある、という感覚。
1泊2日の実家癒し旅行で気分転換はばっちり。だといいな。



 ワンルームの部屋に帰る。郵便ポストには大越の名前が記してあるメモがたくさんあった。
携帯の電源は落としてたし、固定電話はもモジュラーを引っこ抜いておいた。
メモは見もしないで捨てる。電話は・・しばらくこのままにしておこう。
なんとなく気だるい身体をベッドに沈める。
男運ないのかなぁ。それとも見る目がないだけ?
後ろ向きだけど見合いでもして結婚するしかないのかな。
ふぅ。
ため息しかでないや。


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9.10.2004update
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