つかみかけた秋
 あれ以来よそよそしい態度が悪化して、きりっとしたりりしい容姿がつりあがって見える、のは気のせいじゃない。
弁解する機会すら与えてくれなくて、けれども、道端の石ころよりはましなぐらい俺のことを意識してくれている、と思うのは自惚れなのか、楽観的すぎるのか。
こちらを一瞥して、何事も無かったかのように横を通り過ぎていく横顔も、頑なに無表情を貫こうとする顔も、どれもかわいくて、妙な趣味でも顕在化してしまったのではないかと、少しだけ心配になる。
今日も日課のように彼女の帰り道を捕まえる。
エントランスホールで罠を張っている姿は、さりげなさを装いつつ不自然で、あちこちで噂になっているらしい。そういう余計なことを言いつけてくれる同僚は腐るほどいて、八割面白がって、二割は心配、といったところだろうか。なにせ今までの異性に対するスタイルが異常すぎたのだ。いつかは刺される、と指摘してくれた友人の顔を思い出し、神様にちょっとだけ懺悔する。

「飲みに行きません?」
「行きません」

日課となった会話を繰り返し、少しでも話せたことに満足する。
理佐さんにたいしてはこんな小さなことでも足りてしまう現状が悲しい。
でも、今日は少し様子が違った。
予期せぬ闖入者が理佐さんの前に立ちふさがったのだ。
理佐さんを俺のように待ち伏せしていた男は、すらりとした体格で、顔も恐らくいい方なのだろう。普通ならばさわやかな好青年、と呼ばれる類の男だろう。
だが、彼はそのうつろな視線一つで、全ての雰囲気をぶち壊していた。
声をかけるようなまねはしないまでも、彼の方を見て、噂話をしそうな女性たちも、どこか避けるようにして彼がいる道を通り過ぎていく。
びくり、と一瞬体を強張らせた理佐さんは、立ち止まってどうしていいのかわからない風だ。そんな彼女を、獲物を狙うかのようなねっとりとした視線で絡めとり、ゆっくりと男が理佐さんの方へと近づく。
慌てて彼女の後ろへ立つ。そっと背中に手を添えて見ても、彼女は全く気がつかず、固まったままだ。
にやり、と笑った彼からもたらされる言葉と、理佐さんとのやりとりで、ようやく彼が彼女のモトカレだということがわかった。
こんな男が、という悔しさと、こんなにいい女を手放した馬鹿な男、という優越感がない交ぜになって複雑な気持ちになる。
だが、そんな俺の内心などお構いなしに、話は物騒な方向へと進みだす。
突然理佐さんの手を掴んだその手を乱暴に払いのけ、彼女の右手を掴む。
きりきりと睨みつける顔に見下したかのような視線を送る。
こいつは、理佐さんを捨てて、他の女と結婚した男だ。
俺にとってはありがたいけれど、どういう理由であれ理佐さんを傷つけたやつは憎むべき相手でしかない。まして、これからまた彼女をさらに傷つけようとする男など、虫けら以下でしかない。
どこかたがが外れた男とのやりとりで、どさくさ紛れに理佐さんを恋人だと宣言する。
図々しい、という言葉が頭を掠めたけど、想像していたよりずっと小さな理佐さんの手のひらの感触に、それもありだと、脳みそが沸騰する。

「大越さん、もう大丈夫ですから」

強張った表情のまま、理佐さんが見上げてそう告げる。
その表情がまた、感情を煽る。
この人は、計算してやっているのじゃないだろうか、と。
ヒートした頭をどうにかしながら、出来るだけ胡散臭くないよう微笑む。
理佐さんが言葉を発しないことをいいことに、自分のペースで自宅の方向へと進む。
毎日理佐さんの乗る電車にくっついているけれど、実のところ俺の家は反対側にある。どこに連れて行かれるのかもわからない理佐さんは不安そうな顔をして、引きずられるようにしながらもついてきてくれた。

「ここ、僕のうちだから」

そう言った瞬間、目を数度大きく瞬かせ驚く。素の表情がかわいくて、よくない欲望が湧き出す。
冷静そうなふりをして、ストーカーまがいの自分の所業を告白する。案の定あっけに取られた彼女は、わけがわからない、といった顔をする。
一つずつ説明をして、だけれども「どうして」と呟く彼女に、嫌な予感が頭をよぎる。

「どうしてって、僕言ったよね」

再びオーバーなほど目を瞬かせた彼女が小首をかしげる。
その仕草がかわいくて、だけれども本当に覚えていない、ということがわかってしまって脱力をする。
俺は一体全体、どういう風に彼女の目に映っていたのか。無意味にちょろちょろするただの女好き、なのかと思い、怖くなってそれ以上考えることはやめた。

「覚えてないの?」
「だから何を?」

とぼけているわけじゃないことが身にしみてわかるだけに、ダメージがでかい。きっとこの人はこの調子で俺をどうにかできる唯一の人だろう。
だけど、この時ばかりは脱力したままではいけない、と、なけなしの勇気を振り絞る。意識もされず、ただの軽いやつだと、理佐さんに思われていることは知っている。
でも。

「前も玄関でこうしたよね?日向さんちだったけど」

震える腕に気がつかれないように理佐さんを抱き寄せる。
格好よく、だなんて考えていられない。
いっぱいいっぱいすぎて、声まで掠れてしまいそうだ。

「覚えていないならもう一度言うよ」

深く呼吸をして、ゆっくりと言葉を吐き出す。

「好きです、日向さん。付き合ってください」

三度目に瞬かれた瞳は、こちらをじっと見据え、何かを思い出したかのように、さらに見開かれた。
その途端、衝撃を受け、俺は理佐さんに突き飛ばされ、拒絶されたことを知る。
情けなくなって、感情むき出しで彼女を見つめる。
なぜだか少し動揺した理佐さんが、言葉に詰まる。

「僕のこと嫌い?」

思わず呟いたその言葉に、さらに理佐さんが困ったような顔をする。だけど、ふるふると首を横にふった仕草に思わずかわいい、と目尻が下がりそうになる。

「いや、そうじゃなくって」
「じゃあ、付き合って」

再び理佐さんを抱き寄せる。今度はようやく彼女の体温まで実感できた。だけど、そんな嬉しさも、彼女の言葉にすぐ底へと突き落とされる。

「あなた恋人いるじゃない。二股かけるなんて最低」

そんな捨て台詞だけを残して、彼女は走り去って言った。
後を追いかけることもできずに、間抜けにも立ちすくんでいた俺は、しばらく彼女の言葉の意味を考える。
理佐さん一筋で最近来た自分の不始末、を考えて、ようやくあの出来事を思い出した。
あの女とのやり取りを彼女に見られたことを、そうして誤解されたままだったことに思い当たったときには、彼女の姿はどこにもなかった。
彼女のアパートを訪ね、留守を確認する。
情けないことに、俺は好きな人の居所一つ思い当たらないのだ。
仕方なしに、彼女の家が見えるコンビニへと陣取り、雑誌を手に取る。
無論文字の一つも入るはずもなく、それでも時間がつぶせるはずもなく、缶コーヒーと新聞を買って、店を出る。
散々ウロウロして、彼女のアパートの前に座り込む。
これでは不審者だと通報されても文句は言えない。
だけど、彼女の顔を見たくて、言い訳をしたくて、ただそれだけでちっとも進まない時計を見つめる。
すっかりと日が昇り、どれぐらいたったのかもわからないぐらいになったころ、妙にこざっぱりした理佐さんが、泣きはらした目で戻ってきた。
思わず駆け寄って抱きしめたい衝動にかられる。
そんな気持ちを押し殺して、自分の気持ちを伝える。
今までの所業が悪いのか、一向に信じてもらえない彼女に、一つ一つ言葉を重ねる。
徐々にクールな理佐さんの仮面がはがれ落ちる。
言葉を交わすたびに、彼女の目からは涙が溢れそうになる。
気がつけば、頬に触れ、彼女を直に感じる。
涙が、零れ落ちる。
それを舐めたら、甘いのだろうかと、理佐さんの全てが欲しくなる。

「泣いてなんかいない」

そんな意地っ張りな彼女の言葉に、彼女を丸ごと引き寄せる。

「泣かないでください」

気の効いたことなど何一つ言えずに、俺はただ、それだけを繰り返していた。

もうすぐ、理佐さんとの関係が変わりそうで、何かを掴みそうな秋が終わる。



>>計画倒れの夏(戻る)>>未定
12.11.2009update
back to index/ Text/ HOME
感想、誤字脱字の発見などはこちらへお願いします。→mail
template : A Moveable Feast