追いかけてきた秋・前編
 本日も残業をして帰宅する。相変わらず予定がないのでまっすぐそのままアパートへ帰る生活。 その代わり仕事は充実しているけどね。
エントランスにはいつもどおり大越さんが張り込んでいる。
なぜ?とかどうして?とか、もう思うことはやめてしまった。
どうしてだかいる、なぜだか存在する、でも私には関係がない、というスタンスでやり過ごすことにした。

「飲みに行きません?」
「行きません」

取り付く島もないほどすばやく否定する。
いちいち言い合いしていたら身が持たない。彼女もちと二人きりでどこかへ行って誤解されるのは真っ平ごめんだ。

「じゃあ、食事でも」

敵もさる者、そんなことぐらいではへこたれない。
言い返す気力もないので無言で隣をすり抜ける。相手も無言で追いかけてくる。
どうして私などにそこまで執着するのかわからない。
いつもならそのまま地下鉄で一緒に、というか後ろから勝手に彼がついてきて勝手に話し掛けてくるんだけど、 今日はそういうわけにはいかなかった。

「理佐、久しぶり」

私の名前を呼ぶその男は半年以上も前に私を振った男、井上卓也その人だった。
由美に忠告されて、あれから少しは警戒していたけど、接触してくる気配もなかったのでそのまま忘れていた。
まさか、この男が会社にまでやってくるとは思わなかった。
昔からやけにプライドが高く、自分から相手を追っかけるなんてことするような人じゃなかったはず。
このまま会社の前で痴話げんかを繰り広げる勇気はない。
かといってそのまま帰れば今のアパートが知られてしまう。
私の足では彼を巻くのは至難の業だから。

「何の用?」
「冷たいな、彼氏に向ってそれはないだろ?」
「はあ?何言ってんの?あんた結婚してるでしょ」

久しぶりに前の男と対峙する。昔はあんなにも好きだったその人の顔を見ても何も思わない自分がいて、 半年かけてきちんと思いを消化できてたんだな、なんてそんなことを思う。
卓也は何を思ったのか突然私の腕を掴み、街中へと連れ去ろうとする。
ここが会社の前だということを忘れ、思わず大声をだしそうになった。そんな私を、 横合いから助けてくれたのは、さっきからずっと私たちを見守る形となった大越さんだった。

「先約があるから」

私の腕を掴んでいる卓也の手を払いのけ、自分の方へと私を引き寄せる。
いつになく真剣な声で卓也を牽制する。

「人の恋人に何してんの?」

負けじと卓也が言い返す。

「恋人って・・あんた奥さんいるんでしょ?不倫でもする気なの?」
「あいつはいいんだ、好きで結婚したわけじゃない」

一瞬で頭に血が昇り思わず卓也に手を上げそうになった。
そんな私をギュッと胸の中に収め、代わりに反論してくれる。

「最低だな、あんた」
「お前に言われる筋合いはない、理佐を離せ」

毛の一本一本に、指の爪先一つにも怒りが充満しているのが分かる。
どうしてこんな男に6年間も惚れていたのか、自分。
過去の私がいたら横っ面をひっぱたいて目を覚まさせてやるのに。

「この人の恋人は俺なの、あんたこそ邪魔者だから」

そういい捨てて、大越さんはさっさと私を連れさってしまった。



 いつもの地下鉄のホーム、だけど私が乗るホームとは反対側にいる。
勢いで大越さんに連れてこられる形になったけど、このままずるずると巻き込むわけにはいかない。
ここまでくれば彼を巻くこともできるだろうしね。

「大越さん、もう大丈夫ですから」

笑顔を作って彼を見上げる。

「いや・・もう少し一緒にいたほうがいいから」
「でも、こっちのホームじゃ反対方向だし」
「いいの、僕がしたいだけだから」

柔らかく微笑む。
会社でいるときも常に笑顔だけど、それとはちょっと違う。なんか得した気分。
暖かい気持ちに包まれて、気持ちがだんだんと落ち着いてくる。
さっきアレほど激高したのが嘘みたい。
言われるままに反対方向へと進む電車へ乗り込んだ。

「あの・・・大越さん。手・・・・」

落ち着いて気が付いたけど、彼はずっと私の手を握りっぱなしだ。
急ぐ必要があったからそうしたんだろうけど、もう必要ないよね?
でも、彼は曖昧に笑ったまま離そうとはしない。
私は人ごみの中で手を振り払うこともできずにいた。

ううん、たぶん少しだけそうしていることに居心地がよかったからかもしれない。


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9.3.2004update
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