千春の普通の日 |
響さんとの距離が前より近くなったかもしれない。そんな嬉しい気持ちがしてくる秋、
今日はいつもとちょっと違うデートコースに来ている。 普段なら立ち入ることができないところ、つまり彼の職場・大学へ来ている。 今日は響さんの大学の学園祭。 私が共学の学園祭に興味がある、と言ったとこから響さんが案内してくれることになった。 関係者がいるので内部まで案内してもらえるみたいで楽しみにしている。 学生さんたちが出店をだしたり、研究室の人たち(?)が研究室案内の看板をだしていたりするみたい。 大学にたどりついて、一言で言うと驚いた。 うちの大学とは活気が全然違う。 共学な上に総合大学、規模が異なるから仕方ないのかもしれないけれど、実行する側も来るお客さんの数も全然違う。 ぼーっと、見渡して呆然としていると、響さんが手を引いて研究室の方まで案内してくれた。 私だけだったら迷子になっているかもしれない。ううん、それよりも客引きの人にいちいち引き込まれてそう。 背が低いから人込みもきついし。 彼が棟の前で入り口の鍵を探している時、不意に頭上でバシッっていう音が鳴り響いた。 何かを叩いたような音。びっくりして振り返ると、そこにはどこかで見たことがあるような顔立ちの女性が仁王立ちしていた。 背の高い人だなぁ、なんて全く関係のないことを思っていたら、響さんの咎めるような声がした。 「なにするんですか!子どもじゃあるまいし」 鼻でせせら笑うようにして応戦する。 「ふん!あんたなんか子どもも同然よ、誰が子どもの頃面倒見たと思ってんの?」 あ、響さんが言葉に詰まっている。 でも、誰だろう?この人。すごーーく親近感の沸く顔なんだけど。 「あんたね、連絡ぐらい寄越しなさいよ、去年の年末からこっち一度も電話すらしてこないなんて。お盆はとうとう来なかったし」 「忙しかったんです、それにそう頻繁にお邪魔したら信也さんに悪いですし」 「あの人はいいのよ、あんたが来てくれたら酒の相手ができるって喜ぶし」 一歩も引かない勢いで言い合ってる。 彼女の後ろにいる私と同年齢ぐらいの男の子が呆れた顔をしている。こんなこといつもあることなんだろうか。 「あんたの魂胆はわかってるのよ、どーーーせ私の話が気に入らないんでしょ」 「ですから、それは断ったはずです」 「いーーーーや、断らせない。あんなにいい条件のお話、今時ないんだからね」 「だから、必要ないと・・・」 「あんたがいつまでたってもフラフラしてるからいけないんでしょ、いいかげん諦めて見合いの一つでもしなさい!!」 とうとう胸倉を掴んでにじり寄ってる。しかも響さんが圧倒されてる。 でもなんか、二人の顔を近づけてみると・・・。 「かあさん、その子が困ってる」 「あ、響さんに似てるんだ」 男の子と私の声がほぼ重なっていた。 驚いた彼女はゆっくりと私の方をみて 「かわいーーーーーー!!」 の大絶叫と共に私を抱きかかえていた。 「で、そちらのお嬢さんは?」 ここは大学内の助教授室、所狭しと英語のタイトルが書いてある本が並べられている。机にはパソコン。 先ほど響さんに詰め寄っていた人はやっぱり響さんの血縁者だった。 歳の離れたお姉さんとその息子さん、つまり甥っ子さん。 道理で親近感の沸く顔立ちだと思った。雰囲気がそっくり、目元とかはちょっとキツイかんじがするけど。 「恋人です」 そう言ったら、向こう脛を蹴られていた。 「学生に手をだすなんて、セクハラで訴えられるわよ」 蹴られたり殴られたりするのに慣れているのか、平然と受け止めている。 「うちの大学じゃありませんよ、彼女」 行き成りこちらに話を降られて驚いた。うまく言葉がでてこないので大急ぎで頷く。 「でも、すごく若いわよね、この子。うちの子と同じぐらい?」 チラッと男の子の方を見てからこちらに向き直る。 うーん、確かに同じぐらいかもしれない。 こういう状況に慣れているのか、彼の方が淡々と質問してきた。 「僕、高3で、まあ、分かると思うけどその人の息子で、響兄さんの甥ね、あなたは?」 「えっと、S女子大の2年生で、井川千春といいます」 どうにか自己紹介をすることができた。 「2年生っていうと・・・・・」 「二十歳です」 絶句って言うか、二人とも固まってしまった。 響さんはばつの悪そうな顔をしている。弱気になっているこの人を見るのは初めてかもしれない。 「ひと回りよね」 「ええ、そうなります」 「どうやってたぶらかしたの?こんなかわいい子」 たぶらかしたって。今度は響さんが絶句する番だった。 「・・・・・よりにもよってそれですか、姉さん」 「他にどう表現するっていうのよ、あんたの顔が大したことないなんて、嫌になるなるほどわかってるわよ」 と、似た顔をしたお姉さんが攻撃をする。 「あの・・・・響さんはいい男だと思います・・・なのでお姉さんも美人だと・・」 言い終わらないうちに、ガシって抱えられていた。 ぬいぐるみ扱い? 「おまけにこんなにいい子」 頭を撫でながら響さんの方へ視線を送る。 無言で私を引き剥がして、自分の方へ抱え込む。 「千春さんにベタベタしないで下さい」 実のお姉さんに牽制しなくても、なんて思っていたら、甥っ子君がダイレクトに攻撃を加える。 「兄さん・・・・母さんに嫉妬しなくても。みっともないですよ」 お姉さんとはちょっと異なるきつめの顔立ちの彼は、結構辛らつにものを言うみたい。 「そうそう、みっともなくってよ、年上のくせに」 せせら笑ってるし。なんか、さっきからからかって遊んでる? 私は兄弟がいないので、世間一般の兄弟関係がどんなものかわからないけれど、 少なくともこの姉弟は響さんが一方的に弱い立場だっていうことだけはわかった。 響さんがコホンとひとつ咳払いをして 「ともかく、彼女のお宅へは挨拶へ伺っていますし、きちんと正式にお付き合いしています、なので例の話は全て断ってください」 と、お願いをする。 「ふーーーーん、そういうことならもちろん歓迎するけれど、あんた父にも言ってないんでしょ?」 お父さんのお話だけは前に聞いたことがある、たしか国立大学を定年後、私大で教授職についてるって言ってた。 「冬休みにでも千春さんを連れて会いにいく予定です」 ええ?それ初耳。 響さんを見上げると、ニッコリいつもの笑顔で大丈夫ですよ、って囁いてくれた。 響さんに言われると、本当にそう思えてくるから不思議。 そんな私たちを見て、お姉さんは呆れながら言い放つ。 「あんたねぇ・・・・・・その垂れ下がった目尻を見せてやりたいわよ、多摩子にも」 タマコさん??怪訝そうに首をかしげる私に、優しく説明してくれた。 「多摩子っていうのは私の妹で、こいつの姉ね、同じく響とは歳が離れているけれど」 上のお姉さんは真理子さんで40歳、下の姉さんは多摩子さんで38歳だと、付け加えてくれた。 「そんなことより姉さん。今日は何しに来たんですか?」 そう、彼女達が住んでいるのはここから新幹線で2時間はかかる。 そうしょっちゅう来ることができる距離ではないと思うけど。 「玲人がね、この大学受けたいんだって、だから下見に来たのよ」 学祭のときに親子で見学っていうのもあまりないような気が。 「嘘嘘、母さんどうしても見合いをさせたくって、僕を口実に乗り込んできただけ、父さんは止めたんだけどね。 だから僕は単なるストッパー。暴走しないように」 見合い写真らしい束を下げながらばらしていく。 分が悪くなったのか、とぼけてみせて、食事に行こう、と誘いだされてしまった。 響さんとお姉さんとそのお子さんとのランチ。 周囲からどういう風にみられているかな?なんて少しだけ思うけれども、 お姉さんからの質問攻撃で気にする余裕なんて全くなかった。 この人が将来義理姉さんになるのかもしれない、そう思ったら不思議な気分になった。 私は母親が一人っ子な上に、父方には男兄弟しかいないので、女の人っていうのが珍しいから。 でも玲人君が甥になるのは複雑な気分。 それから玲人君とメールのやり取りをしている。響さんには言いづらいので内緒。 来年彼が無事響さんの大学に合格したらどんな顔するんだろう? 楽しみなような怖いような。 響さんのことを少しずつでも知ることができて、とても嬉しい。 これからもゆっくりしたペースでいいからお互いをわかりあえたら、そんなことを思った一日だった。 |