こんな恋の深め方vol8-2 7.29.2004
8.言えない誕生日・後
 時間は待ってくれない、むしろ来て欲しくない時間はあっという間にくるかもしれない。
もうすぐ響さんとの待ち合わせ時間になる。どうしよう、なんか怒ってた。

適当に雑誌なんかを手にもつけど、内容なんてちっとも入ってない。心なしか手に汗までかいている。
 私のドキドキもむなしく、少し遅れただけで一ノ瀬さんはやってきた。そろっと顔色を窺う。 機嫌の悪さを隠すこともせずに近づいてきた。
あ、ちょっと後ずさりたい気分。でも後ろの本棚に阻まれてできない。どうしようってパニックしていたら、 がっちり私の腕を掴んで無言で駐車場へと連れて行かれた。
 黙って助手席に座る。彼も黙ったままで、なかなか発進もしない。何かを考え込んでいるのだろうか、真剣な顔をしている。
やがて、少しだけ怒りが溶けたのか多少柔らかい表情で訊ねてきた。

「どうして、教えてくださらなかったのですか?」

穏やかに一番痛いところを突いてきた。
無意識にその話題は避けていたから。

「あの、一ノ瀬さんお忙しそうだったし・・・それに、先週は学会だったし」

あまり効果があるとは思えない言い訳を口の端にのせてみる。

「それは・・、いくら忙しくても電話やメールぐらいできます」

確かに彼は学会先から電話をくれた。

「知られたくなかったのですか?」
「ちがっ」

思わず叫びそうになる。違うの。そうじゃなくって・・・。
再び考え込む、言いたいことや言えないことがいっぱいあって混乱する。
どれぐらい沈黙していたかわからないけれど、なんとか声を出すことが出来た。

「響さんには忘れて欲しくなかったから・・・」

呟くように白状する。
そう、忘れられたくなかったの。前の彼氏にすっかり忘れ去られていた記憶は未だに生々しくて、 再びそうされるのが怖かった。教えなければ、知らなければそんなことにはならないもの。 そうやって相変わらず臆病な私は予防線を張っていた。

「忘れませんよ。千春さんの誕生日を」
「こんなに大事な人なのに」

ふぅ、とため息をついて運転席のシートにもたれかかる。

「もっとも、勝手に春生まれだと思っていた私も悪いのですが」
「え?春生まれって、ああ、千春だからですか?」
「はい、そうです。てっきり3月生まれだと思っていました」
「ああ、母が春子なんですよ。で、千春なの」

先ほどからの緊張感が薄らいだ。心なし笑顔かもしれない。
一呼吸置いていつもの笑顔に戻った一ノ瀬さんが優しく微笑みかける。

「千春さんは20歳になられたのですね」
「おめでとうございます」

その笑顔に弱いのです私。そうやって照れていると、すっと優しくキスしてくれた。
最近すれ違っているようだったから、心が通じたようでとても嬉しい。

「プレゼント買いに行きましょうか」

ニッコリと宣言する。

「ええ?あの、そんな。いいですよ、プレゼントなんて」
「いえ、そうはいきません。二十歳ですから」

え?二十歳とプレゼントは関係ないかと。
戸惑っている私をほったらかしにして、そのままデパートまで走られてしまった。
アクセサリーショップにたどり着いた私たち。尚も戸惑っている私に覗き込むようにして話し掛ける。

「成人のお祝いに、私があなたに贈りたかったんですよ」

静かに微笑む。
結局彼のペースに乗せられたまま、指輪を買ってもらった。
えっと、こんなに高いのいいのかな?でも、私が指差した奴には微妙に拒否反応示してたし。

「シルバーもいいですけど、温泉で素材が変化しますから」

なんてニッコリとおっしゃる。なんかさらっと薬指にはめられているような。

「本物は卒業したときにお渡ししますから」

その言葉の意味が分かってしまい、赤くなって俯いてしまう。

「あの、ありがとうございます」
「いいえ、私の我侭ですから」

とても嬉しくて涙ぐみそうになる私にもっと驚くようなことを言う。

「今度旅行にでもいきませんか?」
「ええ?」

旅行、旅行って日帰り?それじゃあいつものデートとあまり変らないか。

「もちろん泊りで」
「あ・・・・・・え??」

あまりのことに対応できなくって変な声をあげてしまう。

「嫌ですか?」

ううん、そんなことない。言葉に出来ないかわりにいきおいよく首を横に振る。

「どこに行きたいか決めておいてくださいね」

止めのようにいつもの笑顔で念を押す。
えっと、旅行って泊りがけって、それって。
真意が私の考えていることと同じなのかどうかわからず混乱する。
そんな私に

「もう二十歳ですから」

と、頭を撫でながら囁く。

よく分かったような分からないような。そんな私の手をひっぱって歩く。

「食事にしましょう」

私の大好きな人。
お願いだからその手を離さないでね。

こんな恋の深め方・おわり


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