こんな恋の深め方vol7 7.13.2004
7.彼の部屋
 初めて踏み入れた彼の領域。
普通の一般家庭が入るような3DKの間取りのマンション。建物のつくりは古いけれど、内装はきちんとしている。
部屋を見渡すのもはしたないし、どうしていいかわからないず立ち竦んでいると、響さんが居間の方に連れて行ってくれた。

「わぁ。大きなスピーカー」

そこには私の頭一つ分小さいぐらいのスピーカーがあった。

「ええ、オーディオが趣味ですから」

初耳。それになんか一つ一つの部品が大きいような。ミニコンポしか目にしたことがないから、よくわからないや。

「コーヒーでいいですか?」
「あ、はい、おかまいなく」

 きちんと豆から挽いたコーヒーを入れてくれる。こんなことも初めてで、ものすごく照れてしまう。
あ、本棚がある。ちょっとだけ何があるか見てみようかな・・・。
じーっと本棚のほうを見ていたら、彼から声がかかった。

「コーヒー置いときますね。本、何かあったら借りていきますか?」
「え?いいえ、いいです。すみません、じろじろ見たりして」

恐縮して、縮こまる。

「いいえ、本棚を見たら人柄がわかるといいますから」

そういってくすりと笑って私を引き寄せる。

「ちょっと日に焼けてしまいましたね、首のところ」

 そうやって優しく首に触れる。たったそれだけのことなのにゾクっとする感覚に陥る。
彼の胸に顔をうずめて、どれだけそうやっていたかわからないけれど、だんだんと日が翳っていくのがわかる。
軽いキスを交わす。何度も何度も啄ばむように。でもそれ以上は進まない。
なんだか物足りなくなる。もっと響さんの近くにいたいのに。
私の両肩に置いてあった腕で二人の間に距離を作り、一之瀬さんは

「そろそろごはんにしましょうか」

そう告げた。
優しい笑顔なのに、ひどく悲しくなって思わず涙ぐみそうになる。
あわてて本棚の方に行き、本を選ぶフリをする。



 彼が作ってくれたご飯はおいしくて、でもなんとなく私は上の空。
彼が先に進まない理由を考え、でも今まで言ってくれた言葉を信じて考え込む。
私に色気がないせいだろうか、なんてくだらないことも思いついてしまう。

 促されるままにお風呂に入って、居間で寛ぐ。全く現実感がない。私と前後してお風呂に入りに行ってしまった彼のことを思う。 私が思うほど彼は私のことを思ってくれてないんじゃ・・・。また思考の渦に巻き込まれそうになる。 こんなんじゃだめ、と、明るい方へ思考を持っていく努力をする。
 その晩は結局、客用布団に一人で寝ることになった。部屋には私一人。一之瀬さんは別の部屋で仕事しているらしい。 キーボードを叩く音が聞こえてくる。

 自分の部屋で一人きりでいるより孤独を感じるなんて想像もしなかった。
考えたくないのに思考はドンドン暗いほうへ走っていって、涙がでてくる。嫌われたのかもしれない。
夏なのにとても寒い。

 ほとんど一睡もできずに、布団の中で過ごしてしまった。今きっとすごい顔をしている。 だから、彼に顔を見せないように帰ってしまおうと、こっそり身支度をする。 バッグも着替えもちゃんとこの部屋にあるのを確認する。このまま家へ帰ったらきっとおかあさんが心配す
るだろうから、あきちゃんの部屋に転がり込んでしまおうか・・・。
働かない頭を無理やり回転させて考え込む。
着替え終わって、荷物を持って、コッソリ部屋を出る。そーっと気が付かれないように玄関へと向かう。
あとちょっとでドアノブというところで、右肩を掴まれ、そのまま後ろへと倒された。
このままじゃ、床にぶつかる、と思ったのも束の間、私は一之瀬さんの胸の中にいた。

「どうして黙って帰ろうとするんですか?」
「あ、えっと、お仕事のお邪魔しちゃ悪いかな、と思って・・」

下手な嘘。でも思ったより暗い声じゃない。

「・・・・もう終わってます。それに急にいなくなられたら心配します」

背中越しに彼の体温が伝わる。とても暖かくて切ない気持ちになる。
どうしよう、やっぱりこの人が好き。
そんなことを再確認してしまい、また涙が出てくる。

「千春さん?」

心配そうに私の顔を覗き込み、泣いている私を見て狼狽する。
そっと頬に指を当て、涙を掬い取る。そこに口付けを落とす。涙をふき取るように。

「愛しています、千春さん」

そんな声が聞こえた。
頭の中が真っ白で、何も考えられない。
遠くでせみの鳴き声が聞こえる。
同じ髪の臭いが鼻腔をくすぐる。

この人のそばにいたい。そう思った。


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