こんな恋の始め方vol8 6.3.2004
7.言葉

アキの家にお泊りしてから2週間弱。
今日一ノ瀬さんと会える。
出張帰りの彼は、時差ぼけをものともせず、すぐに大学からメールをくれた。

―千春さんお土産があります。今週日曜日に会えませんか?
早くあなたにお会いしたいです

メールを見て飛び上がるほど喜んだ私は、浮かれ気分で今日まで過ごしていた。
あの日、あきちゃんのお家に泊まってから、私は彼への気持ちをすっかり自覚していた。
私は一ノ瀬さんが好き。
そう、素直になってしまえばとても気持ちが楽になった。



日曜日、本屋さんの前で彼を待つ。好きな人を待つこの時間がこんなにもドキドキするものだなんて思わなかった。
漫然と女性誌を立ち読みしている私にいつもの声が聞こえてきた。

「千春さん、お待たせしました」

いつもの優しい声。はっと振り向いて見上げた彼は、笑顔がとてもまぶしくて、私は人目も気にせず彼の胸に飛び込んでいた。

「ち、ちはるさん。どうかなされましたか。あの、具合でも?」

今までにない私の行動に動揺して、慌てて、そして照れている一ノ瀬さん。

「ううん、ただこうしたかっただけ。お帰りなさい響さん」

初めて名前で読んだ。
私にとってはとても特別な名前。
親しみと愛情を込めて。

次々でてくる予想外の行動に一ノ瀬さんは完全に参ってしまったみたい。
動揺している彼の手を引き、近くの公園に連れて行く。
ここなら落ち着いて話ができるからね。

日差しが降り注ぐ公園の中、なんとか木陰にあるベンチを探し出し、二人で腰掛ける。
先ほどの動揺からやや立ち直った彼は心配そうに尋ねてきた。

「あの、私がいない間に、なにかありましたか?」

「え?ううん、何もないよ。って、響さんこう呼ばれるの嫌い?」
「い、いいえとんでもないです。非常に嬉しいです。ただ今まで苗字で呼ばれていたので、 どうしてかな、と思っただけでして・・・」

どうしてって、これは私の内面の問題だから。口に出して言えることじゃないし。

「それに、私のことをまっすぐに見てくださるようになりました」

うん、そう。私やっと素直に一ノ瀬さんを見つめられるようになったの。

「とても・・・、嬉しいです。言葉にはできないぐらい」

今までに見てきた笑顔が嘘なんじゃないかって思えるほど極上の笑顔で微笑む。

「私、響さんのこと好き」

とても素直に言葉がでていた。
一度口から出た言葉は私の胸に染み入り、ストンと胸の奥に収まった。

彼が好き。

こんなに簡単なことに気が付かずにいたなんて。
もう一度囁く

「すき」

何度でも言いたい、言い足りない。今までの分も彼にあげたい。
言葉に出して言えることは全部この人に伝えたい。

「私も千春さんのことが大好きですよ。最初からずっと」

照れ笑いしながらそっと私の頬を両手で包む。

その日初めて、キスをした。

遠くで子ども達の歓声が響く。

ここから始めよう。一ノ瀬さんと一緒に。
嬉しいことも悲しいこともあなたと共有したいから。

こんな恋の始め方・おわり

目次|Home|Back|あとがき