こんな恋の始め方vol 6.4.2004
6.ともだち(2)

言葉通り夕食や入浴を済ませ、あとは寝るばかり、の体勢となった。
私は当然パジャマなんか持っていないので彼女のTシャツを借りた。

あきちゃんはベッドの上で、私は床にクッションを抱えながら座る。
気分はホントに修学旅行みたいだ。友だちとこんな風にお話しするなんて今までになかったことだから。

「ふっふっふー、実は狙ってたんだよねー、チャンスを」
「はい?」

腕組みをしながら一人納得したよう喋る。

「ちーちゃんともっと親しくなろうと思ってたってこと」

親しくって・・・。私からしたら十分に親しくしていたつもりだけど。

「だって、ちーちゃん初対面での距離の取り方は近いんだけど、それ以上は絶対近寄らせてくれないんだもの」

う・・。あたっています。さすがあきちゃんお見通し?
初対面のときは嫌われることを恐れて、人より一歩近いところに入っちゃうんだよね、私。 でも、それ以上近づくことは怖いから絶対そこから先へは入らないし、入らせない。 だから知り合いよりチョット親しいぐらいの人間が多い。私の防衛本能、なんですけど。

「ちーちゃんはわがまま言わないからねー、というか主張したところも聞いたことないし」
「どこに行きたい、とか何かしたいって自分から言わないでしょ?」

それもあたりです。なんか相手のことを考えて言うのをためらっているうちに話がどんどん先に進んでる場合が多いんだよね。 だから結局、ある程度の付き合い以外は一人でいる方が気楽だ。女子大ならランチ友達がいればなんとかなるし・・。
そんな中、彼女は私の世界ではとても異色だ。
私が本音を言わずさらっと流していると、必ず本心を聞いてくるし、正直に話すまで許してくれない。
一ノ瀬さんとお付き合いをするようになったのも、なぜか彼女にはすぐばれた。しかも根掘り葉掘り聞かれて、 それに正直に答えてしまった。そんないつもにはないペースも決して不快ではなく、 なんとなく嬉しかったりするのは、彼女のこの暖かな性格からだろうか。

「私、人と親しくするのが苦手で・・・。疲れちゃうから」

彼女になら全部話しても嫌われないかもしれない。
なぜだかそんな確信があった。

結局その確信は現実となるんだけれど。



「ふーん、で結局なにがそんなに不安なわけ?」

高校時代の恋愛話や一ノ瀬さんとのお付き合いについて正直に話してみた。
圭一さん、前の彼氏のことを話すのは、本当に初めてで、まだ少し苦しかったけれど、 あきちゃんは馬鹿したりなんかせず、とても真面目に聞いてくれた。

そして、あんなに好きだった人のことを冷静に話せる自分に驚いた。
時が経てば誰の傷でもふさがるってことだろうか。
もう少ししたら彼のことは完全に思い出になるか、忘れてしまうんだろう。
そう考えたら、急に気持ちが薄ら寒くなった。

チョットマッテ。

忘れてしまう?彼のことを?あんなに好きだったのに?
たった一年で、新しい男の人が現れたからって簡単に忘れてしまえるものなの?
そんなに浅い思いでしかなかったってこと?

「あきちゃん、私ひどい女かな?こんなに短い間に彼のことを忘れかけるなんて」

涙が零れる。彼と別れると決意してから、一度も泣くことがなかったのに。どうして今さら涙が出るの?
自分の状況にひどく戸惑いながらも、心の中は不思議と静寂で整理できていた。
ともだちに聞いてもらうことで、気がつけなかったことに自分自身が気が付いたのかもしれない

ただ怖かったんだ。忘れられることが。あんなに愛した人が思い出になるのなら、 一ノ瀬さんにとっての私はもっとすぐに忘れ去られる存在なんじゃないかって。

それが不安の根幹。

忘れちゃう自分が嫌で、忘れられるのが怖くて、でも一ノ瀬さんに惹かれていく自分も止められなくて。
どうしようもなくて、身動きが取れなくなっていたんだ。そうしてぐるぐる考え込んで、ただ不安がるばかり。
そうならないように努力すればいいだけなのに。私って進歩がない・・・。
突然泣き出した私に少し驚きつつも、あきちゃんは黙って私の言葉を聞いてくれた。

「ちーちゃん、ちーちゃんは泣きたいときちゃんと泣いとかないから、そんなに自分を追いこんじゃうんだよ。 これからはもっと素直に感情をだしなよ。私が受け止めるし、きっと一ノ瀬さんも同じだと思うよ」

どうして、こんなに優しい人たちが私のそばにいてくれるのだろう。
私はこの人たちに何を返せるのだろう。

「友だちなんだから、私が好きでしているの。あなたはあなたのままいてくれればいいの。それがお返し」

ありがとう。ありがとう。何度も何度も呟いた。
生まれて初めて神様に感謝した。


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