08・こんな恋の迷い方 |
「千春さん?」 ずっと待っていた響さんのお休み。ちゃっかり泊り込んで、久しぶりにゆっくり過ごす予定。 だけど、ユラユラ揺れ動く心配事は、顔にも表れていたみたい。 しっかりしなくちゃいけないのに。 急いで頭を振って、響さんに答える。 「何か・・・悩んでいませんか?」 ソファーに座っている響さんの方に頭を乗せる。少しずつ伝わる体温が、彼が側にいるのだと言う事を実感させてくれる。 「私では役に立てませんか?」 覗き込まれたその瞳は、とても優しくて。これ以上負担をかけたくないのに、思わず本音を漏らしたくなる。 「そんなこと・・・」 ふっと、溜息をついて響さんが、珍しく落ち込んだ表情をみせる。 「少し、話を聞いてもらえませんか?」 見たこともない響さんに、慌てて首を縦に振る。 ぎゅっと抱きしめられる。響さんの心臓の音が聞こえて、未だに慣れない私は一気に心拍数が上がってしまう。 「不安・・・なんです」 頭の上から聞こえてくる声は、いつもより弱弱しくて、シャツを掴んだその手に力が篭る。 「千春さんは、まだお若いのに、このまま将来を決めてしまってもいいのかと」 慌てて顔をあげて、響さんの顔を見つめる。 「私は、この年ですし、もちろん色々ありましたけど。千春さんはこれから・・・なんですよね」 「私じゃ、ダメですか?」 突然の響さんの告白は、別れの言葉にも聞こえてこんなことを聞き返してしまう。 「違います、誤解しないで下さい。こんな殊勝な事を言ってみせても、私はあなたを手放せない」 「じゃあ、放さないで下さい」 ギュッとシャツを握り締める。離れていかないように。 「響さんも不安になることがあるんだ」 「もってことは千春さんを不安にさせましたか?」 頭を振って否定する。 「響さんのせいじゃないの」 そっと、胸に顔を埋める。もう一度彼の心拍を聞く、トクトクトクトク規則正しい音は私を安心させてくれる。 「勝手に・・・不安になっていただけ。清水さんのこととか」 あれ以来口に出さなかった名前。突然現れた響さんの過去を知る人。私の知らない過去が追いかけてきたみたいで、先回りしたマイナス思考に振り回されてしまう。 余計な事を色々考えて、勝手に息が詰まっていた自分。 「あの人は、確かに何がしたいのかわからなかったですね」 あの人のことはキッカケにすぎない。結局私の自信のなさからくるものだったのだから。 「響さんが不安になっていたなんて気がつかなかった」 「いつも、不安ですよ。いつか私から飛び立っていってしまうんじゃないかって」 「どうすれば感じなくなるの?」 私と同じぐらい不安を感じていた響さんの目を見つめる。 初めて聞いた弱音に、今まで自分だけが不安がっていた己を恥じ入ってしまう。 「話を、もっとお互いのことを話しましょう、分かり合えるまで。いいえ、100%の理解じゃなくてもいいですから、もっと千春さんの事を聞きたいし、自分のことも聞いて欲しい」 優しく髪を撫でられた手は、大きくて暖かくて。再び彼の胸に顔を埋める。 「私も、響さんの仕事のこととか、もっと聞きたい」 「私も千春さんの事をもっと知りたいです」 彼の暖かさに包まれて、夜遅くまで話をした私は、いつのまにか疲れて眠りこんでしまったらしい。 朝気がつくと、横には大好きな響さんの寝顔。 私専用のパジャマに着替えさせてくれたのは誰なのかを考えると、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。 そっと、彼の前髪に触れる。 寝苦しいのか、少し寝返りをうつ。 起こさないように静かにベッドを抜け出して、キッチンへ向う。 もう迷わない。 繋いだこの手を離さないように。 こんな恋の迷い方・おわり
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