04・呼び出し |
きっかけは一枚のメモ。本人に確認を取らずにこんなところにまでのこのことやってきてしまった自分に腹が立つ、本当に。 日曜日、天気は快晴、久しぶりに取れそうな時間。これだけそろえば、いつもならば千春さんと一緒に過ごしているのだろうに。思わず舌打ちしそうになる自分を嗜める。 「お久しぶり」 「ひさしぶりです」 ホテルのティーラウンジに座っているのは、昔の彼女。当時よりも少しふっくらしているのは幸せの証拠なのかもしれない。 注文した紅茶をのんきに片手で持ち上げている彼女を見て、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。どうして彼女がこの場所にいるのかだとか、どうして自分はここにいるのだろうとか色々考えなくてはいけないことがあるというのに。 「立ったままもなんだから、座ったらどう?響君も」 いつまでたっても座ろうとしない邪魔者の自分に困惑して、ウェイターの男性が固まっている。確かに、このままでは邪魔だろうし嫌な意味で目立つ。 諦めて、彼女の目の前の席に座る。 「じゃあ、珈琲でも」 かしこまりました、と、かわりに冷水をテーブルの上に置いていったウェイターが答える。 「あの、いきなりですが、どうしてここへ?」 「それは私が聞きたいことなんだけど。響君がここにいるのって偶然?」 「いえ、私の方は呼び出されまして」 「あら、偶然ね、私も呼び出されたのよ」 「のぞ・・・っと、広岡さんではなくて」 昔のように下の名前で呼びそうになり、思わず旧姓で呼んでしまい、再び墓穴を掘ってしまう。 「まあ、旧姓でいいわよ、呼びにくいだろうし」 「はあ、では、広岡さんは誰に呼び出されたのです?差し支えなければ教えていただけませんか?」 「相変わらず他人行儀ね。それは置いておいて、清水さんよ、私が隣街にいるって聞いて突然会いたいって言われたの」 「私の方は先輩ですが。それよりも、清水さんと仲が良いとは初耳です」 「私もそんなの初耳よ。思い出すまでに随分かかったけど、響君の名前を聞いてやっと思い出した程度」 内向的で人付き合いが活発ではなかったらしい清水さんと、瞬時にして誰とでも友達になれそうな広岡さんではタイプが違う。もちろん積極的に嫌っていたとかそんなことではなく、たまたま活動範囲が重ならない関係だったのかもしれない。 「でも、私の名前で思い出したというのは?やはりドクター進学者同士だからですかねぇ」 「ううん、全然違う」 「はい?」 「彼女ね、そういえばーって感じで思い出しただけなんだけど、じっとこっちを見てたんだよね。ずっと」 「見ていた、ですか」 「そうそう、最初は響君に気があるのかと思ったけど、どうもそれとも違うみたいだし」 「学内で付き合っていたのが珍しかっただけではないでしょうか」 「うーん、それもある、かもしれないんだけど、ともかく二人でいると視線を感じるってかんじかな」 「はぁ・・・」 当時の周りの様子など何も覚えていない自分としては、彼女の言葉をただ黙って聞いているより他はなく、それでも懸命に清水さんとの関連を思い出そうとはするけれど、全てが徒労に終わる。 「そういえばね、一度彼女に「お似合いですね」って言われた事があるの」 「お似合いですかぁ?」 「いや、疑問系で聞かれても困るんだけど」 「すみません」 「同級生にそんな事言われるとは思わなくって、当時少しだけ驚いたような覚えがある」 言いながら、彼女は腕時計で時間を確認する。待ち合わせが何時なのかは知らないけれど、清水さんが遅刻していることは確からしい。 「いい時間つぶしができたとこだけど、もう帰るわ」 「帰る?」 「彼女に担がれたみたいよ、私達」 「私の方は先輩からの呼び出しですが?」 「先輩って・・・。直接呼び出されたの?」 「いいえ、学生さんが電話を受けたので直接では」 「やっぱり・・・。あのね、響君そもそもおかしいと思わない?何もない休日に呼び出すなんて」 「そういわれればそうですが、突拍子もないのがその先輩の特性ですし」 「それにしても、家庭持ちだったら、せっかくの日曜日を後輩に費やすわけないじゃない。家に呼ぶんならまだしも」 「そうですかね」 「そういうもんよ。家庭持ってない響君にはわからないかもしれないけどさ」 自分の言葉を反芻しながらも、徳田先輩からの伝言メモを思い出す。あの電話を受けたのは確か4年生だから、名乗られても相手が誰なのか把握できていない恐れはある。徳田さんの声を知っているわけではないし。 「なんかね、あの人私とあなたをくっつけたがっていたみたいだし」 「今更?」 「今更も今更、私なんて子どもまでいるのにねぇ」 「前もちらっとそんなことを話していた気もしますが」 「同級生同士の気安さで、旦那の愚痴とか話すじゃない?なーんか、それをどこからか伝え聞いた清水さんってば、真に受けてるみたいなのよ」 「愚痴をですか」 「そうそう、そんなの惚気をカモフラージュする鬱憤晴らしみたいなものじゃない?」 「いえ、そう言われても私の方は女性の心理はよくわかりませんが」 「響君は朴念仁だから」 見覚えのある表情でクスリと笑う。左手にはすでにしっくりと指に馴染んでいる結婚指輪がその存在を主張している。 「というわけで、たぶん清水さんが私達を引き合わせるために呼び出したんじゃないのかな、彼女現れないしさ」 「はぁ」 「響君も適当なところで帰りなね、ということで、バイバイ」 軽く右手を挙げてからゆっくりと立ち上がる。 すでに冷め切った珈琲を口に運んであたりを見渡す。 徳田先輩も清水さんもどちらの姿も視界の中に飛び込んではこない。 やはり、広岡さんの言ったとおりなのかもしれない。 そう思いながらも、清水さんの意図するところがわからない。 私と彼女を復縁させたところで彼女にメリットがあるとは思えないのに。 琥珀色の液体を見つめながら、この間のソフトボール大会での出来事を思い出す。 必要以上に千春さんを攻撃する彼女。 理由がわからなくて、不安だけが広がっていく。 あまり美味しくもない珈琲を飲み終えたところで、自分も席を立つ。 これ以上この場所にいる意味はない。 携帯を取り出して、千春さんの番号を表示する。 少しでも彼女に会えたなら。 |