2.アレルギー |
フロア中響く声で叫んでしまった。お客さんがいなくて良かった。 「ともかく、あなたとはお友だちにも知り合いにもなれません。お引き取りください」 叱られた子犬のようにしゅんとして一ノ瀬さんはフロアを後にしていった。 すごい罪悪感。 でも、私にとって年上も化学も禁句なんだから仕方がない。 一気に落ち込んだ気分を紛らわすように仕事に没頭した。 一年程前、私は何もかも放り投げてこの街に逃げてきた。 地元から一度も離れたことのない母は、前の町での慣れない生活に馴染めず苦労していた。 どんどん塞ぎがちになり、引きこもっていく母の体調をみかね、父は私の高校卒業を待って 、母の生まれ故郷であるここに舞い戻ることを決意した。そのままそこに留まっていたい気持ちもあったが、 両親は、私が一人暮らしすることを許さなかった。 結局、強く説得するでもなく親に言われるまま、ここの女子大を受験して現在に至る。 ううん、私が一生懸命説得すればきっと許してくれたと思う。父も母もそれほど頑なではない。 私は理由にしたんだ。あの町を逃げ出す。いや、あの人から逃げ出す。 思考の海の中に沈みこみそうになった私に、午後6時のチャイムがなる。 朝からフロアにでていた私はここで交代である。 ぐちゃぐちゃした気分でロッカーに行き、荷物を取り出し従業員出口へ急ぐ。 嫌な気分を引きずったまま家には帰りたくない。どこかへ寄っていこうか・・・。 俯き加減で先を急ぐ私に背後から声がした 「井川さん」 自分の名前を呼ばれて条件反射で振り返ると、そこには人のよさそうな顔をした一ノ瀬さんが立っていた。 うそ、あれから何時間も経っているいるのにこの人どうしてここにいるの? 私の疑問がストレートに伝わったのか 「はい。待ってたんです。井川さんを」 これまた人がよさそうな顔をして微笑む。 「待っていただいて申し訳ありませんけど。私お付き合いする気はありませんから」 きっぱりと宣言する。こういうときは曖昧な態度は返って相手に失礼だよね。 「うーーん、あの、失礼ですけど理由をお聞かせ願えませんか?そうしないとあきらめきれませんし・・・」 この人優しい顔をして意外と粘り強い。 理由っていっても年上で化学者だからです。なんて馬鹿正直に答えられないじゃない。逆恨みみたいなもんだし。 「ひょっとして、6つ以上年の離れた化学者に個人的恨みでもあります?」 ためらいがちに、でもはっきりとたずねてくる 図星です。 この人鋭すぎ。私がわかりやすすぎるのかしら。 沈黙は銀とばかりに黙りこくっている私に、一ノ瀬さんは穏やかな顔をして淡々と説明する。 「僕が化学者なのは僕の人格には関係がないし、そりゃあ嗜好には多少関係してるかもしれませんが・・。 まして、年上なのも仕方がありません。先に生まれてしまったのは僕のせいじゃありません」 「性格にも人格にも関係ないのは承知しています。でもイヤなんです」 「その・・・。過去の人と僕は違います。お願いですから虚飾の部分ではない僕自身を見てくれませんか?」 あくまでもきっぱりとこう頼んでくる一ノ瀬さんはとても真摯で、真剣で・・・。 だからその表情に弱いんだって、私。 彼の真剣な態度に丸め込まれた私は、気がつかないうちに「わかりました」なんて答えて、 おまけにこれから食事に行くことになっていた。 にこにこ笑う一ノ瀬さん。その隣で不可思議な顔をする私。 どうなる?私。 |