こんな恋の始め方 5.24.2004
01・出会いは偶然?

冷房が良く効いた室内でせっせと本を運ぶ。お客さんが出しっぱなしにした本を片付けながら新刊本を並べていく。 本屋でのアルバイトなんてキレイに見えて、結構重労働だ。時給も安いし。 自然とバイトはいつかない。現在私が働くフロアでは、私1人しかいない。 もっとも、扱っている本が少し特殊なのでお客様も限られてくるのだけど。

ここのフロアでは主に洋書を専門に扱っている。しかも専門書がほとんどだ。 物理だの化学だの日本語で書かれていてもちんぷんかんぷんな内容ばかりである。 こんなのサクサク読めちゃう人が世の中にいるんだよねぇ、 と半ば感心しながら作業を進めていく。何か仕事をしていないと時間がたつのが遅いのだ。 今日はお客さんが一人しか来てないし。

その一人しか来ていないお客さんとは、ここの常連さんである。名前は確か一ノ瀬さん。
彼の探す本はほとんど取り寄せが必要なものばかりなので、名前を知る機会があったのだ。

「あの・・・」
「はい?」

例の一ノ瀬さんが話し掛けてきた。この間発注した本のことかしら?

「あの例の本入荷しました?」

やっぱり。予想があたったことに満足しながら、発注書を探しだす。

「すみません。その本でしたら、発売が延期になったらしいです。7ヶ月も。多分入荷できるのは来年になると思います」

洋書に限らず専門書には良くある話だ。 章によって書き手、専門家が異なる場合は誰か一人締め切りに遅れたら発売延期になってしまう。 しかも、締め切りは守らないものと相場が決まっている・・・。

はあ、と残念そうに返事を返す一ノ瀬さん。しょんぼりしていると、 同じ年ぐらいにみえる。なんだか母性本能?がくすぐられる人なんだよね、この人って。

「お客様、ココだけの話ですけど、ここにこられるよりインターネットで注文した方が早いですし、 安いですよ。いや、店長には内緒ですけど」
店長が見当たらないのをいいことに、そんなことを言ってみる。 実際手数料やら色々含めるとネットの方が断然安い。

「あ、えっと。はい。それは知っているんですけど。でも・・・」

おや?知っているってことはネット注文が嫌いなのかしら。

「今は注意すれば安全ですよ。ネット注文も。特に大手なら・・」

言い終わらないうちに一ノ瀬さんが必死の形相で近づいてきた。しかも私の手を両手でつかんで。

「はい、もちろん知ってます。でも。でも、そんなことしたらあなたと話せなくなってしまいます」

はい?今何か言いました?話せなくなるとかなんとか。

「本の注文は口実で、ホントはあなたとお話がしたかったんです」
「あの、僕とお友だちになってくれませんか?いや本当は友だちは嫌なんですけど、 でもまだ僕のこと何も知らないだろうし、だからとりあえず」

早口で捲くし立てられて、あまりの剣幕についうっかり「うん」って返事をしてしまった。
あんなに真剣な顔をされたら無碍に断れないというか、やっぱり母性本能が疼くというか。
友だちならいいやっていう軽い気持ちもあったりして。

私の返事が意外だったのか、一ノ瀬さんはびっくりした顔をして次ににっこり笑って
私になにやら一枚の名刺を差し出した。

○○大学大学院理学研究科
有機化学研究室 
助教授 一ノ瀬 響

助教授?ってことは少なくとも28歳以上ということで、9つ以上離れてるってこと?
その名刺の文字を読み、私は
「化学者なんて大嫌い、しかも6つ以上年上なんて論外だわ!」
そう叫んでいた。

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