kiss:第2話(11.15.2005)

「そういえば、山崎先生って知ってる?」
「はい?」

いつものお昼休み、友達3人と集まって食べるお昼ご飯の時間に、昨夜からの疑問を口にしてみる。
私が通う高校の教師だと自称した山崎先生は本当に先生なのだろうかと。先生にしては優しすぎる印象を与えたあの人は、きちんと私を家まで送り届けてくれた。
最初から最後までなぜだか手を繋いだままだったのに、それを不快に思わせない何かが彼にはあるらしい。元々人見知りをする私でもすんなりと彼には打ち解けていった。

「知ってるもなにも、雅ってば知らないの??」
「うん、知らないから聞いている」

パックのウーロン茶を飲みつつ言葉を続ける。

「ほんっとーーに、興味なさそうね、男のことに」
「誤解を招くような発言かと、別に興味ないわけじゃないし」
「や、だって合コン開くっていっても乗り気じゃないし、紹介したげるって言っても無碍にするし、彼氏がいないっていってるのに食いついてこないのはそっちじゃん」
「そうだよー、私なんてどれだけ雅を紹介してくれって言われてるか」
「もてるのに興味なしなんだよねぇ、もったいない」

各々勝手なことを述べまくっている彼女達を適当にあしらう。

「で、山崎先生って?」

いつも通りまるでそちらの方の話題にはのってこない私に呆れながらも説明をしてくれた。

「一コ下の国語のセンセだよ、まあ、とりたてて顔はよくないけど、優しそうで頭良さそうだからさ、真面目な連中に受けてるみたい。まあ、まともな男が他にいないっちゅーのもあるけどさ」

彼女の説明してくれる山崎先生と昨日であったあの人の特徴が一致する。確かに彼は優しそうな典型的「いい人だけど」ってやつだったから。

「でも、どうして雅が山崎先生の事を?」
「あーー、ちょっとね」

適当に言葉を濁すと、それ以上探られたくないことを理解してさっとひいてくれた。好奇心旺盛な女子高生だというのに、彼女達のそこらへんの線引きの仕方が心地よい。だから、こうやってつるんでいられる。



 ともかく、彼が教師である事は確かなんだけど、そういえばどうして私のフルネームを知っていたのだろう?
とりたてて目立つ成績や容姿でもないのに、彼ははっきりと私の姓名を告げた。
まあ、仕事熱心な熱血教師だったら全校生徒の顔と名前が一致するなんてこともあるかもしれないけど、そう思いながらも私の意識は昨夜会いに行った彼の方へと向けられていった。


 出会いはたんなる偶然。従姉のおまけとして出会ったのが最初。
元々従姉である薫さんの彼氏の友人、というまるで私とは縁の無い人間だった。
大学の同級生同士だという彼は半分同棲をしていた薫さんの部屋へとちょくちょく遊びにきていたらしい。
同棲なんてしている娘を心配して、伯母さんが私をしょっちゅう薫さんの家へと派遣していたから、自然と顔を合わせる機会はあった。けれどもその当時はきつい顔立ちのお兄さんだな、ぐらいにしか思っていなかった。まさか今現在彼とこんな関係になるだなんて想像もできなかった。



 踏み外したのは、ちょっとしたきかっけ。
たぶん彼はもう覚えていないような些細な出来事。
3人、彼と薫さんとその恋人、で飲んだくれていたときに薫さんの家へと届け物をしにきた私は、上機嫌の薫さんに部屋へと連れ込まれた。 もうすでにかなりの数のビールの缶が転がり、なおかつ次のお酒へとステップが進んでいる。締め切った部屋の中の独特の匂いと、たぶん男臭さなのだろうか、妙な匂いが相まってとてもじゃないけど、その部屋に長居しようだなんて思えなかった。
コロコロと笑いながらハイテンションな従姉をよそに、半分座ったような目つきでこちらを睨みつける彼。どうにも居心地が悪くて、腰を落ち着けることができない。
そんな私に気がつくはずも無く、薫さんは恋人と一緒になぜだか買出しに行ってしまった。
その間すでに出来上がったであろう機嫌の悪そうな男と二人きり。
どうしようと冷や汗まで出てくるのに、こちらにはお構いなしに冷酒を煽っている。

「おまえ、イトコか?」
「そうですけど」

唐突に交わされた会話はあまりにもそっけないもので、ますます帰りたい気持ちが大きくなる。

「・・・・・・似てねーな」

ポツリと溢された言葉は、私の感情を逆なでするにはあまりにも的確な言葉だった。
元々私の母と伯母は良く似た美人姉妹である。その伯母に良く似た薫さんも当然美人で、しかも華がある。
けど、母ではなく父に似たらしい私は、親戚達の口の端にも登らない存在かもしくはあからさまに引き合いに出される存在だった。そのせいで容姿の事に関しては小さい頃から一方的にコンプレックスを感じていたのだ。
そんなことは赤の他人の彼にはわかるはずもない事情だから、あからさまに機嫌を悪くした私に、露骨に気分を害したといった顔をする。

「ガキはこれだから面倒なんだよ・・・」

露骨に吐き捨て、再びぐい飲みに口をつける。

「別に、あなたに面倒を見て欲しいなんて言ってませんし」

ずっと黙っていた私が言い返すなんて思ってもいなかったのか、目を見張っている。

「酔っ払いは嫌いですから、これで失礼しますね。あなたもあんまり恋人同士の邪魔をしないほうがいいんじゃないですか?」

それだけをいって、立ち上がり軽くスカートをはたく。
こんなところには一分一秒でもいたくない、そんな思いで彼に背を向ける。足を一歩踏み出そうとしたはずなのに、私の体は回転して再び彼の方向を向かされていた。
急に立ち上がったであろう彼に腕を捕まれ、反転させられたのだ。

「何の用ですか?」
「ガキがしったような口をたたくな」

あなたこそ、と言おうとした唇を彼の唇が覆う。
どうして、だとかなぜ、だとかそんな言葉を浮かんでこないぐらい突然の出来事で頭が真っ白になる。
生暖かい感覚だとか、お酒の匂いだとか、どうしようもないほど生生しい感触が私の思考を奪っていく。
叫ぶ事も泣く事もできないまま、膝をついてその場に呆然としてしまう。
私が大人しくなったのに満足したのか、彼はニヤリと笑いそのまま仰向けにひっくり返って眠ってしまった。どうすることもできない私を残して。

血の気のひいた指先で自分の唇をなぞる。
ぬめりとした感触が指先に伝わる。慌てて手の甲で拭っても感触が消えてくれない。
尚も定まらない思考のまま眼前に横たわる男の顔を見つめる。私の気持ちなどおかまいなしに彼は気持ちよさそうに眠っている。
あまりに平和そうな表情に逆に怒りが込み上げてくる。腹立ちまぎれにいたずらでもしてやろうと、彼の方へ身を乗り出した瞬間、ぽつりと彼が寝言を言った。

ただ一言「薫」の名前を。

それだけで理解してしまった。
どうして私の一言が琴線に触れてしまったのかを。
彼は、従姉の、薫さんの事が好きなのだ。
だからこうやって同棲している部屋までのこのこやってくるし、それを咎められればやましい気持ちを抱いている分頭にくるのだ。
こんな大人の人でもやつあたりってするんだ。八つ当たりの単語が浮かんだ瞬間、その言葉と自分が受けたショックの落差にその場にへたり込んでしまった。
この人は自分の気持ちをごまかすために、見知らぬ小娘にキスするような人なんだ。年上でこんなに体は大人なのに、まるで子供のような人。
そんなことを思っていたら、最初に感じた戸惑いやら怒りやらがどこかへすっと消えていってしまった。
お腹の当たりにでも一発ケリをいれてやろうかとも思ったけど、それすらもなんだかかわいそうに思えてしまう。
叶わない恋をしている彼に同情したのかもしれない。
もう一度立ち上がり、再び指先で唇をなぞる。
さっきとは違う感情がふと沸き上がっていることに気がつく。
薫さんに気がつかれたくなくて、慌てて部屋を後にする。
逃げるかのように自宅へと走っていく。
ドキドキする心臓は、走ったせいだと言い訳をしながら。



 いつの間にか予鈴が聞こえてきて、ここが学校なのだと気がついた。
友人達は各々片づけをしながら席へと戻っていった。
翻ったスカートと女の子の笑い声。
友だちにも言えない関係が汚らわしいものだと思いしらされるようで、日のあたる教室はほんの少しだけ苦手だ。
こんなことはもうやめよう、何度もくり返すのだけれど。

to be continued...
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