ダブルゲーム・慟哭Vol.2(9.8.2004/改訂:12.11.2006)
慟哭・2

 昨日臼井さんと一緒に帰った。たったそれだけのことなのに、全校生徒の視線が痛い。
いや、冗談じゃなくって今まで見たいな好奇心でも哀れみでもなく敵意をもった視線が送られてくる。

イッタイ俺が何をした?

いつもの教室に当たり前のように入っていくと、修司が恐ろしいほど怒った顔で待ち構えていた。 おまけに問答無用で屋上まで連れていかれるし。
雲ひとつなさそうな晴れ渡った空。今日も暑い一日が始まりそうだ。
なんてお天気をのんきに考えている暇はない。もうすぐホームルームだし1時間目の授業が始まってしまう。

「何?」

あまりの怒りで冷静さを失ったように見える友人に質問する。

「俺、やめとけって言ったよね?」
「は?」
「臼井さんのこと」

やっぱりそのことか。こいつには再三忠告されていたっけ。

「ああ、まあ。いきおいっていうか」

ちょっと口篭もって答える。実際どうしてあそこで受け入れたのか、自分の心理がわからない。

「咲良ちゃんにはちゃんと返事したの?」

咲良ちゃん…。ここ数ヶ月さんざん俺の生活をひっかきまわしていった女の顔が思い出される。

「返事も何も最初から断ってたし。それにあいつには高山がいるだろうが」

そう、俺が冷静な判断をもてなかったのも、あいつとの噂を聞いてしまったからだ。 もともと二人の間には入り込めない雰囲気があった。
なんというか、二人とも似ているんだ、感じが。
城山さんはいつもニコニコしていることで、高山は常に仏頂面でいることで、他人との距離を巧みに測っていた。
俺のことを好きだといいながらも、彼女は決して俺のことを信用していなかったんじゃないか。

「高山君はただの幼馴染だって言ってただろ?」
「ただの幼馴染の家から朝帰りするのか?」

間髪いれずに言い返す。
一瞬黙り込んだ修司に、話はこれで終わりだと背を向けた。
しかし修司は俺の肩に手をかけ無理やり自分の方へ向かせ、呆れたような顔で訪ねてきた。

「それ、誰に聞いたの?」
「誰って、桃に聞いたけど」

桃に聞いて、それでなんかやけになって。

あれ?

城山さんが朝帰りって聞いて、なんであんなにショックを受けたんだ?
なんとも思ってないならそんなこと思わないし。好奇心を持ってるだけなら彼女本人にそのことが聞けるよな、普通。
俺の答えを聞いて、大袈裟にため息をついて言い放つ。

「あのね、あれはケガをして意識を失った彼女を運び込んだだけだって、 実際には医者やら看護婦やらがいて、二人きりでもなんでもなかったって」
「は?」

鳩が豆鉄砲、って文字通りの顔をしていたかもしれない。

「誰に聞いたんだ?」
「誰にって本人。高山君と咲良ちゃん」

今度は俺が修司に詰め寄る番だった。

「お前って、ばか?そんなの本人に聞けばいいじゃん」

面と向って馬鹿って言われても気にならないぐらい、その前の言葉が気になっていた。
ケガをしたって、そんな様子なかったのに。
それにそれじゃあ朝帰りしたっていうのも仕方がないし。
本気でおろおろする俺に、再び盛大なため息をついて答える。

「臼井の術中に嵌りやがって」
「じゅっちゅう??」

聞きなれない言葉にもういちど聞き返す。

「あのな、あいつは彼女がいる男が好きなの。そういう男を選んで落とすのが趣味!」
「趣味って、おまえ」

あまりな言い様に言葉を失ってしまう。
まあ、ちょっと仕草に作為的なものが見られるけど、とてもじゃないけどそんなことをする子には見えない。

「ほんとうに、知らないの?この学校じゃ有名だぜ、臼井の略奪趣味は」

略奪って、思わずうちのおかんの好きな昼ドラを思い出してしまうぐらい、高校生には似合わない言葉に驚いてしまう。

「あんまりあの子友達いないだろ?周りにいるのは似たような価値観の連中ばっかり」
「うそだろ?」
「俺の彼女の情報だし、ちょっと前までひっかかったあほもいるらしい」
「それに、あいつが狙うのは目立つ女の彼氏らしいぜ、国体行った子とか学年で際立って綺麗だとか。 元生徒会長なんて格好のえさじゃねーの?」

そのえさが俺?なわけ。

「略奪した後は興味なくなってすぐにポイするらしい、お前もそのままにしてりゃ捨てられるよ」

そういい残して、修司はさっさと教室へ戻っていってしまった。





 色々なことを言われて頭が混乱している。
城山さんがケガしてて、朝帰りには理由があった。
桃は俺のこと好きじゃないのかもしれない。

後者ははっきりいってどうでも良かった。俺のことが好きじゃないのかも、なんて言われてもさほどショックは受けていない。
あれほど彼女のことが好きだと思っていたのに。
高山とのことを聞いたときのほうが遥かにショックだったなんて。



俺って、ひょっとして
城山さんのことが好きなのか?



 好きだという単語を思い浮かべた瞬間、顔が熱くなるのがわかった。きっと耳まで真っ赤に違いない。
彼女が好き、そんな単純なことを自覚した瞬間、今までとってきた自分の態度に激しい自己嫌悪に陥ってしまった。
曖昧なままずるずるしてて、でも話し掛けられたら嬉しくて。
ちょっと噂を聞きかじったら勝手に他の女に転んで。
ここが学校じゃなかったら叫びだしたくなるぐらいな衝動。
結論、俺ってやっぱりバカだ。
自己嫌悪でどん底に落ち込みながらも、なんとか這い上がって教室になだれ込む。
今日一日授業受けてる余裕なんかねーよ。
ここんとこ考えなくちゃいけないことが多すぎる。
平平凡凡に歩んできた人生が急にうねり始めたのかもしれない。





 城山さんに会って話をしなきゃ、その前に桃にあって、なんて迷っていたら、城山さんの知り合いの一人畑野京香がやってきた。
艶やか肩までの黒髪をなびかせて、顔はまるで…。

怒ってる、本気で怒ってる。

美人は何をやらせても美人だけど、それだけに普通の人より迫力がある。
日本人形みたいな和風美人の彼女は、行き成り俺の前に立ちはだかって俺のミゾオチに一発決めやがった。
おい、それでも女か?

「咲良を泣かしたら許さないって言ったよね」

たったそれだけを言い残して、足早に去っていった。

嵐のような女。

あいつの、城山さんの周りには普通じゃない人間が多すぎる。高山兄弟といい鉄火肌の畑野さんといい、 一見普通に見える城山さんも中身は分からないし。
おなかを押さえながら考え込んでいると取り巻きその2高山弟がやってきた。

「片岡さん、京香に殴られた?」

人のよさそうな顔でニコニコ笑いながら話し掛けてくる。

「咲良からの伝言、もう近づかないから彼女と仲良くね、だってさ」

腹部の痛みも気にならなくなるぐらい驚愕する。
近づかないって、それって。

「直接本人から聞く」

そう言って教室から出ようとすると、それを右京が止めに入る。

「おまえは臼井を選んだんだろうが、咲良に何を言う必要がある」
「何って、聞きたいことが」

瞬間、兄・左京のような凍てつく視線で威圧された。

「臼井とやることやっといて咲良とも仲良くしたい?」

一呼吸置くほどの一瞬の沈黙。

「ふざけんじゃねーよ、二度と咲良に近づくな」

腹の底から搾り出すような声。
彼の迫力に完全に気合負けし、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
彼女に会うことも、聞くことも、自覚した思いを確認するこもできない。


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