「私が片岡君の彼女だから、もうちょっかいかけないでね」
挑戦的に言い切る彼女はとても綺麗。
臼井さんのことは知っている、色々と。なぜだか敵対心をもたれているっていうことも知っている。
でも、そんな彼女に対して、同学年の知り合い以上の感情を抱いていることを彼女は知らない。
それがいい感情なのか悪い感情なのかも。
「片岡君がそう言ったの?」
あまり変化のないトーンで答えたのがいけなかったのか、いきなり彼女は激高してきた。
「いいかげんにして!彼氏に他の女が言い寄ってたらいい気しないでしょ!ばかじゃないの?あんた」
「うーん、よくわからないけど、私と片岡君の問題だから彼に直接聞く」
パシッ!
言い終わらないうちに乾いた音が鳴り響く。自分の頬が打たれたのだと自覚するのに数秒かかってしまった。
「やめてっていってるでしょ、彼は私のものなの。あんたは選ばれなかったの!選ばれたのは私!」
はき捨てるようにして去っていってしまった。
エラバレナイ
そんなことは最初からわかっていた。
わかっていた。私は選ばれなかった人間だから。誰からも必要とされるはずがない。
ずっとわかっていたつもりなのに、叔父や左京との生活のせいで忘れていたのかもしれない。
ひまわりのように上を向いて太陽に近い存在。
そんな彼に私が似合うはずもないのに。
目の前がぼやけて見える。
でも、どうして彼女なの?
いつもいつも選ばれるのは彼女。私じゃない。
どうして?
聞いても聞いても答えがでるはずのないことを繰り返し問い返す。
いつの間にか泣いていた私を見つけそっと抱き寄せてくれたのは、やっぱり左京だった。
「さくら」
優しく私の名を呼ぶこの人にどれぐらい甘えてしまったかわからない。
ひとしきり泣いた後、覚悟を決めた私は彼に告げる。
「約束は、守るから。今度の誕生日に正式に発表しよう」
精一杯微笑んで見せた私の顔を、左京が凝視する。
「本気なのか?」
「本気って、それが左京の望みでしょう?それとも嫌なの?」
「違う!」
そう言って私の腕を掴んで私を揺する。
「正気か?」
「失礼な。人生賭けるっていうのにいいかげんなことするはずないでしょ」
私の決心が固いと分かると何か考えた様な顔をして、ため息をつきつつ聞いてくる。
「片岡に振られたのか?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、おれは代わりか?あいつが手に入らなかったから」
今度は私が声を荒げる番だった。
「ちがう!左京は左京だ。誰の代わりでもない」
真剣な瞳をしてまっすぐにこちらを射抜いてくる。
「俺はお前を愛している」
率直な、本当にストレートな左京の心。
長い付き合いだけれどもこんなことを聞いたのは初めて。
「私を?それとも城山の家を?」
「城山の家?そんなもの誰にでもくれてやる。俺が欲しいのは、さくら自身だ」
左京が力強く抱きしめてくれる。
もう何も考えたくない。流されてもいい。それが母、城山の家の言いなりだとしても。
確かなものは彼のこの体温だけだから。
「兄さんから聞いた。咲良本気なの?」
「兄弟で同じこと聞くのね」
くすりと笑ってみせて人懐っこい顔の右京を見つめる。
昨日の今日で叔父の家までやってくるとは。
「本気よ」
彼の目を見据えて答える。
「あいつは、片岡のことはあきらめたの?」
「あきらめるもなにも、最初から振られてたし」
「そりゃあそうだけど、よりにもよって相手があいつだよ?いいの?」
じっとこちらを伺っている。右京は兄左京とは違い、誰にでも分かりやすいほど表情が豊か。
その彼が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「決めたのは彼だから」
「でも、あいつも、臼井も片岡のこと好きってわけじゃねーじゃん」
「それでも…決めたのは彼。私が言う筋合いじゃないよ」
今にも泣き出しそうな目で訴えかけてくる。
彼のこの人の良さはいったい誰に似たのだろうか。
「咲良は、ほんとにそれでいいの?後悔しない?」
しない、といえば嘘になる。
「わからない、けど。左京とならうまくいくと思う」
私の手を取り真剣な表情で語りかける。
「俺は、いつでも咲良の見方だから」
そう告げた後、彼は暗い雰囲気を跳ね飛ばして夕食を共にしていった。
思いっきり嫌な顔をした叔父にもめげずに。
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