ダブルゲーム・罠Vol.1(8.9.2004/改訂:12.11.2006)
罠・1

「片岡君、よかったら付き合ってくれませんか?」

 夢かもしれない。
人気のない校舎裏に呼び出されて、嫌々来てみたら、俺の想い人が立っていた。
彼女から何を言われるのだろう?そう身構えた瞬間、先ほどの言葉が耳に飛び込んできた。

「へ?」

 我ながら間抜だとは思うが、そんな言葉しかでてこなかった。
彼女はかなりかわいいので、狙っている奴も大勢いるだろうし、そもそも恋人がいるだろうと半ば諦めかけていたからだ。 もっとも、最近は例の才女に告白されて考える暇もなかったというのが正しいが。

「あ、すぐにとは言わないから、考えておいてね」

 天使の微笑みってやつで俺を翻弄しながら、短いスカートを翻し去っていく。
俺は校舎にもたれかかり、そのままへたり込んでしまった。
頭を抱えながら考える。

(まじか?)

 平凡な男に平均以上の女性徒が立て続けに告白してくるなんて、きっとこれは何かの間違い、嫌、罰ゲームか?
オーバーヒート気味の頭を冷やすようにフルフルと振ってみる。
こんなことしてもいい考えが浮かぶわけじゃないけどな。
それでも、いつまでもこんなとこにいるわけにもいかない。ゆっくりと立ち上がり、なんとか教室までたどり着くことができた。
お昼休み、友人達が輪になって話している。
修司がそこから抜け出して、話し掛けてきた。

「哲也、呼び出しって何?」

こいつには呼び出されたってことを話したからな。何かあるかもしれないと思って。何か以上にあったから驚愕しているわけだけど。

「……付き合ってって言われた」
「はあ?また?人生最大のモテ期??」
「いや、俺が一番信じらんねー」
「で、誰?」

興味津々いった風に聞いてくる。

「あーー、うん。臼井」

彼女の名前を出した途端、表情が強ばった。

「臼井桃?2組の」
「そう、彼女」

眉根を顰めて考え事をしている。そういえば、動物園の時にも変なことを言っていたような。

「やめときなよ、彼女は」
「?なんで?」
「なんでって、どうしても。哲也に彼女は合わないよ」

うーん、彼女みたいなかわいい子なら確かに他の男の方が合うとは思うけど。

「そうじゃなくって、哲也に彼女はふさわしくないっていってんの」
「前も止めとけって言ってたよな?なにかあんの?彼女」
「何かって…。本当に何にも知らないのか?まあ、哲也らしいといえば哲也らしいけど」

腕組みをしながらしきりに何か考え事をしている。俺に言っていいものかどうかを考えあぐねている感じだ。

「俺の口からはあまり言えないけど、でも彼女は良くない。だからやめとけ」

歯切れの悪い口ぶりでしきりに断ることを勧めてくる。これでこいつがフリーなら下手な勘繰りをするが、そうじゃない。
それに修司が友達思いなのは心の底からわかっている。

「わかった。といっても、実感がないから考えておくよ」

 そう曖昧に返事をする。
確かに困っている。昔なら、城山さんが現れる前なら二つ返事で答えていただろうけど、今はなぜかそうできなかった。 そのことに自分自身が一番驚いている。
臼井さんのことが好きなのは確かなはずなのに、思い浮かぶのは城山さんの顔でしかないのは、どういうことなんだろうか。
男二人が困ったように固まっているなか、容赦なくチャイムは鳴り響き、午後の授業が始まる。
日ごろ考えない頭で、色々考え事をしている俺は午後の授業の内容なんてほとんど頭に入れることができなかった。






 晩御飯もお風呂も済んで、パジャマで居間のラグの上に寝転がる。
何気ない口調で告げてみる。

「おじさん、明日家に行ってくる」
「え?ああ、もう月末だね」
「うん、だから…」
「いや、待ってるよ、ちゃんと」
「でも」
「僕がさくらと一緒にご飯を食べたいの。だから何を言われようとも勝手に待つ」

ね、と言いながら念を押すおじさん。その笑顔が嬉しいやらくすぐったいやら。
憂鬱な気分が少しだけ晴れてくる。

「今日一緒に寝る?」

 ありがたい申し出だけれど、毎月毎月頼ってばかりでは申し訳ない。そう思って首を横に振ると、 強引にベッドに連れて行かれてしまった。
叔父の胸の中で猫のように丸くなって眠る私。それを暖かく包み込む叔父さん。
いつからこういうことをしてくれるようになったのかを正確には思い出せないけれど、規則正しい心臓の音、 自分とは異なる体温を感じていると不思議とよく眠れる。
今はここがとても居心地がいいから、明日のことは忘れていられる。

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