ダブルゲーム・彼女の謎と彼の秘密Vol.3(8.5.2004/改訂:12.11.2006)
彼女の謎と彼の秘密・3

 なにがどうなってこうなったんだ?
俺はいつの間にか友達と一緒に自分の部屋にいる。それはいい、それは。 いつものことだから。だけど今回はなぜだかおまけがくっついている。相変わらずの城山咲良と高山左京だ。
確かテスト勉強するはずだったよな、で、おのおの得意教科が違うからどうせなら一緒にやらないか? なんておおよそ真面目にやるはずのないメンバーで集まる予定だったはず。なのに気がついていたら余計なものが入り込んできた上に、 やけに真面目に勉強してやがる。…それ自体は誉められたものなんだろうが。
真剣に問題集に取り組み、やり方を教えている城山さん。そうやって真面目な顔をしているとやっぱり 学年一の才女で、おまけに元生徒会長なんだよな。改めて見直す。

 秀才二人が加わったおかげか(左京は人に教える気なんかサラサラなかったみたいだが) 能率よく済ますことができた。真ん中あたりをうろうろする俺の成績も少しはましになるかもしれない。

「咲良ちゃんさどこの大学行きたいの?」
「どこって、うーーん、まだ決めてないな」

にっこりと人のよさそうな顔で答える。

「咲良ちゃんならどこでも行けそうだけどねー」
「ははは、そんなことないよ」

手をヒラヒラさせながら笑う。いやあの成績ならほんとに冗談じゃなくってどこでもいけるぞ。

「やっぱり高山君と一緒のとことか?」
「んーー、それなら行けるかもね」

言外になにか含みの持った言い方をする。城山さんは、いつもそうだ。俺の近くに来てはいるのに肝心の部分は隠されたままだ。だけど他の連中はそんなことにも気がつかず、たった一人ひっかかりをもった俺は言い出せないままやきもきした心を持て余している。

「そういえば、どこ中なの?二人とも」

本当に何の気なしの質問だったはずだ。それでも二人は鈍い周囲が気がついてしまうほど固まってしまった。
尋ねた奴もどうしたらいいかわからずにいる。

「他県からの転校生だ。入学前だからわからないだろうが」

高山が嫌そうに説明する。

「あ、そっか、だから皆出身をしらなかったんだね」

修司がとってつけたように笑いながら会話をする。そんな修司の気遣いも無駄とばかりに帰り支度を始める。 それを見ながら城山さんも彼に習う。

「勉強はかどったよ、また誘ってね」

城山さんが笑顔を振り撒きながら帰っていく、高山に連れられて。
残された俺達は、勉強を続ける気分にもなれず、ただダラダラと喋っていた。
俺はといえば、小さな骨がのどに刺さっているような、なんとももどかしい気分に陥っていた。
結局、あの二人のことは何一つわからない。彼女が俺を好きだというのもただの気まぐれじゃないかって、そう思えてきた。
元々好きな人がいるんだから、ただ迷惑なだけだ、そう強がってみせて無理やり自分を納得させた。



イライラした気分で受けた試験は最悪で、いつもいいとは言いがたい成績が、ガタガタになってしまった。
彼女はというと、相変わらずの定位置をキープしている。もちろん高山も。二人そろって1番2番なんてお似合いすぎる。

「やっほー、片山君元気?」

 無邪気に笑いながら教室までやってくる。
俺はその無垢な表情に今までに感じたことのないほどのイラダチを覚え、慌てて視線をそらす。
俺の内心なんて知らない彼女は、懐いている子犬のように微笑みながら俺の顔を覗き込んでくる。
彼女と目が合う。その憂いのない瞳をみた刹那、無意識のうちに右手が挙がっていた。
彼女を拒絶するように、一定の距離を保つように。
そうして眼鏡が払い飛ばされ、地面に無機質な音を立てて落ちたとき、やっと我に返ることができた。
初めて見るありのままの顔。眼鏡越しでしかみたことのない瞳は驚愕の色を湛えている。
あまりの出来事に息をするのも忘れたようにこちらを凝視する。まるで時が止まってしまったように。
その沈黙を破ったのは高山で、左手で彼女の肩を掴み、自らの胸に彼女を沈め、かばうようにして両腕で抱きしめる。
一言も発しないまま、されるがままになっている城山さんは、華奢な肩を少し震わせながら彼の胸に抱かれたままでいる。
高山が頭を撫でながら彼女に囁いている。

「大丈夫、さくら。俺がいる」

どこからか騒ぎを聞きつけたのか弟の右京がやってきて、眼鏡を拾い、彼女を誰からも見せないように背中から肩を抱く。
兄弟に守られながら彼女は俺の教室を後にした。
右京の射るような強烈な視線を残しながら。

残された俺は友人の非難も心配も何も聞くことができなかった。
ただ罪悪感、それだけが残っていた。
彼女の秘密を知りたくて、二人の関係が気になって。でも、自分には好きな人がいるから、 と高みの見物を決め込んで、自分からは何も聞けなかった。

そのイライラをすべて彼女にぶつけてしまった。


最低だ、俺って。

そう自覚した後は、海の底に沈むような気分になる。
何もかも振り切って、俺は自宅へと逃げ帰ってしまった。

部屋で悶々と過ごすも、何も解決するはずもなく、ましてや気分が浮上するはずもない。
せめて彼女に謝らなくては、そんな基本的なことに気がついたのはもう夜になってから。
俺は慌てて携帯を取り出し、番号を押そうとする。

「番号知らないや…」

そんな間抜なことを呟いて、携帯をベッドの上に放り投げる。
直接会って、謝れってことなのか?

クラスも違い、連絡手段も知らない。
彼女との接点が驚くほど少ないことに気がつく。
いつも勝手に来て、話し掛けていたからな。

明日は謝ろう、そう決心して、眠りについた。
こんなときでも眠れてしまう自分が少しだけ恨めしい。


翌日、意を決して彼女の教室へ謝りに行こう、そう思った矢先に、彼女の方がこちらへやってきた。
昨日のことは何も知らない、とばかりにいつものニコニコした顔で。

「やっほー」

掛けられる声も屈託のないもので、俺は自分の謝罪の言葉を飲み込んでしまった。
他愛もない会話をする、俺の友人も集まってきて何事もなかったように会話を弾ませる。
ただ、高山だけが昨日の出来事は決して忘れない、といった目つきでこちらを睨んでいた。
その視線をまともに受けることなんてできるはずもなく、ただ視線をはずすことしかできなかった。


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