ダブルゲーム・彼女の謎と彼の秘密Vol.1(7.26.2004/改訂:12.09.2006)
彼女の謎と彼の秘密・1

 高校3年生受験勉強真っ只中でも遠足なんていう行事はある。しかも行き先は動物園。
動物園と聞いて素直に喜ぶほど子どもでははなく、つまらないと言って切って捨てるほど大人でもない俺は、中途半端な表情で バスに乗り込んでいた。頭痛の種があるといえばあるが。
 バスから降り動物園へ足を踏み入れた途端、その種がやってきた。当然大きなおまけを連れて。 言わずと知れた城山咲良女史とその付き人高山左京だ。一月ほど前、突然の告白から足繁くこのクラスに通っているためか、 俺の友人ともすっかり顔なじみ、というか友達になってしまっている。

「咲良ちゃん一緒にまわろう」
「お弁当も一緒」

 こいつら、いつのまに下の名前で呼ぶようになったんだ?俺は今でも苗字だと言うのに!いや、悔しいわけじゃないが。
すっかり俺達のグループに馴染んだ城山さんは楽しそうに友人達の輪の中に入っていく。 左京は、というと、相変わらず仏頂面で一歩引いたところで付き従っている。まるで女王と従者、いや騎士か?
 まるではじめて来た様にはしゃいで動物園を回る彼女。屈託なく笑う姿には何の憂いもないみたいだ。 雨の中での面影はどこにもない。
渋々といったかんじで彼女達の後を付いていく。
不意に目をそらすと、そこには俺の想い人である臼井さんが友人グループと歩いているのを見つけてしまった。 やっぱりかわいいじゃないか。改めて自分の恋心を確認するも、以前よりもやや色褪せて思うのはきっと気のせいだ。

「哲也、おまえ臼井さん狙い?」

あまりにも凝視していたからだろうか、不審に思った友人の修司が聞いてきた。行き成り核心を突きやがる。

「いや、べつに…」

あっちはグループだったんだし、視線一つでそんなことと結び付けないでくれ、といかにも迷惑だという顔を取り繕い答える。

「だったらいいけど」
「は?おまえこそ彼女狙い?」
「俺彼女いるし」

 そうだった。こいつにはちゃんと彼女がいる。浮気するような奴でもないし。 それ以上突っ込むとやぶへびになりそうだったので、ほったらかしておく。 修司もすでに興味を失ったのか城山さんの方へ近づいていく。
やっぱり彼女は楽しそうに見学している。象だのライオンだの動物園ではポピュラーな動物にさえイチイチ感動して喜んでいる。 それをみつめる高山も心なし口の端が上がり嬉しそうだ。
 ただ、彼女が少し先を急ぎ、グループから離れてしまうと、すかさずあの低い声で「さくら」と名前を呼び引き戻す。
彼女もごめんなさい、と言って素直に謝りながら戻ってくる。その光景がひどく奇異に映る。迷子になるような歳でもあるまいに、 過保護なの、といった彼女の言葉を思い出す。
あれは相当重症だ。

 お昼ごはんになった。おのおの芝生にシートを引いてお弁当を広げる。これぞ遠足!といった風景だ。 城山さんは自分でお弁当をださずにただ座っている。よもや忘れたのか?そう思ったら、高山が彼女の分の弁当を差し出した。

「それって、高山君の手作り?」

俺も聞きたかったことだけど、ストレートだね修司。
眉根を寄せて仏頂面をさらに不機嫌にさせる。

「………いや」

一言で否定。周りの空気が凍りつくだろうが。そんな空気を察したのか、城山さんがフォローするように代わりに答える。

「私、さくらちゃんの手作り」

ニッコリ笑って雰囲気を和ませる。
問題はそこじゃない、手作りって言ったよな、手作り。城山さんが?高山に?

「そんなに仲いいなら二人が付き合えば?」

何が気に食わないのか、憮然とした声で言い放ってしまった。まずった、 と思ったときにはすでに彼女は叱られた子犬のようにシュンとしていた。

「左京とは幼友達だから」

ポツリと呟いた彼女に友人一同の視線が集中する。

「え?幼友達っていつから?」
「うーーん、5歳ぐらい?」

友人の質問に答えながら隣に座る高山に確認を取る。それに無言で頷く。

「家が近いとか?」
「ううん、全然近くない。今は近いけど」
「あ、じゃあ親同士が友達とか?」

何気ない質問だったはず。なのに彼女は少しだけ悲しい顔をした。
そんな彼女を庇うようにして高山が答える。

「いや、家同士が仲がいいだけだ」
「ふーん。ああ、弟さんともそうなんだ」
「違うよー、右京ちゃんとは高校で初めて会った」

 高山が城山さんを視線で制す。それ以上話すなと言わんばかりに。周囲も多少疑問が残るものの、 目の前のお昼を食べることに一生懸命だ。
 でも、俺はさっきから彼女の言葉に引っかかっている。左京とは幼馴染で右京とは高校から。 家も近くない…。いったい二人はどんな関係なんだ?
沈黙のまま食事を続ける彼に、クラスメートと楽しく会話を弾ませる彼女。
その疑問は解消されることなくずっと心の片隅に残ることになる。

 ここはペンギン舎の前。どうやら彼女が一番気に入ってしまったポイントらしい。 じーーっと、食い入るように見ている。まあ、かわいいといえばかわいいが。 そんな彼女に気を使ったのか高山が周囲に先へ行くよう促す。俺はといえば、なんとなく彼女の側から離れられずにいた。

「ペンギン好き?」
「好き、というか、実物ははじめてみたから」

 はい?ペンギン見るのが初めて?目の前にいるペンギンは別にそんな珍しい種類じゃないはずだけど。
戸惑う俺と視線を合わせると、慌てて皆の方へ行こうと言い出した。
話せば話すほど謎が深まる。表面にみせているあの明るい顔だけが彼女じゃないのかもしれない。

 追いついた俺は彼女に聞かれないように修司に尋ねる。

「彼女どこの中学?」

それがわかれば少しは謎が解けると思ったんだ。浅はかだけどさ。 決して彼女に気があるわけじゃないぞ、単なる好奇心だ、そう言い訳しながら。

「知らない」
「は?」
「そういえば高山君の出身中学も知らないや」

 うちの学校は県下一の進学校とはいえ、普通の公立高校だからやっぱり普通の公立中学からくる人間が多い。 私立も他にあるけれど、レベルが異様に高いか低いか両極端な学校がほとんどで、もれなく授業料も高いらしい。 だからどこかの公立中学出身なら同学年の人間が一人二人いてもおかしくない。それをあの有名人二人の出身校が定かじゃないなんて。
訝しく思いながらもそれを直接本人に聞くことが出来ずにいる。
今日一日一緒に行動してわかったことといえば動物園が初めてらしいってことと二人が幼馴染だってことだけで、 まるっきりあとは謎だらけ。

 正直彼女に興味が湧いた。いや、だからこれは好奇心だ純粋な。うん、そう好奇心。そう自分に言い訳しながら家路に着いた。






「そういえば、動物園どうだった?」

暖かな食事を叔父と一緒に囲んでいたら、唐突にこう言い出した。

「どうって、楽しかったけど?」
「初めてでしょ、あーゆーの」
「うん、まあね」
「僕が連れて行ってあげるって言ってるのに」
「叔父と姪で動物園?変じゃない?」
「そんなことないよ、それに周りから見れば恋人同士に見えるだろうし」

そんな恐ろしいことをさらっと言ってのける。
確かに叔父は20代後半で見た目はもっと若く見えるから、そう見えなくもないだろうけど。

「姪っ子とそう見えたっておもしろくもないでしょ」

冷静に言い返す。

「うーーん、左京君よりは似合うと思うけどなぁ、僕」

似合ってどうするの?おじさま。しかしこの人の左京嫌いも相変わらずで。

「そんなことより早く食べちゃわないと冷めますよ?」

食事の続きをせかす。このまま言いつづけているのもいかにも不毛よね。叔父と姪だもん。

「さくらの料理はおいしいな、いっつも」
「はいはい」

 こうやって食事を共にするようになって3年が経つ。その前は食事の時間が楽しかった記憶なんて数えるほどしかない。 それにもこの叔父か左京が一緒にいてくれた時だけだ。
そんな私の心情を知ってか知らずか、できるだけ家でごはんを食べてくれる。
そのさりげない優しさに心が溶かされていく。
いつか彼にこの思いを返すことができるだろうか。


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