解放、と旅立ち/第9話

「っていうか、危なかったぁ」

湯で四肢を伸ばしながら、ユリがため息をもらす。
ちゃっかりとリティとアンネローゼも同じ湯に浸かっている。
本来なら、側室であるアンネローゼはおろか、大貴族であるリティとすら同じ湯に入る、などということはできない身分ではあるが、王宮から離れたところである、という気安さゆえ、そのようなことには三人とも全く頓着していない。

「陛下もようやく男らしゅうなって」

アンネローゼがころころと玉のような声で笑う。

「ええ、よくあのような思いきったことを言えたと」

ジクロウは凡庸だけれども、施政者として切り捨てる、という判断を間違えない王だ、ということは知ってはいたものの、ああも易々とスリリルを捨てる決断ができたことに皆驚いている。
そのような資質があったからこそ、彼は大国を運営し、維持することができているのだが、普段のぼんくらぶりをつぶさに見ている彼女たちには、意外なことではあったのだ。

「ジエンさんも助かってよかったよねー」

ダレンの応急処置はおおざっぱだけれども的確で、跡は残るが、傷も何とかつながった。失った血の量があまりにも多く、昏睡状態が続いたものの、さすがに農家出身ともいうべきか、持ち前の体力でなんとか、一命を取り留めた。
石化していたユリは、肝心なところは全て聞き逃す結果となり、当然今話している内容も、ダレンや宰相からアンネローゼらとともに聞かされた話ではある。

「これならば、もう一人ぐらい赤子を生んでも良いかも知れぬ」

アンネローゼの発言に、リティは笑い、どういうわけかユリは顔を赤らめる。

「ほっほっほ、ユリもいつのまにか大人になったようじゃの」

からかいの声が続く、ユリは怒った顔をして湯からあがり、乱暴に体を拭く。
女同士の会話はさらにかしましく、女官から窘められるまで続いていった。



 この大陸には、巨大な領土をもつフィムディア王国というものが存在し、王政をひかれたその国は、長きにわたって、戦も災厄もない平和なときを過ごし、栄華を満喫していた。
とある代の王様は、平凡な容姿に、平凡な能力を有し、だが、きわめて優秀な正妃と、著しく能力の高い側近たちにより、平和な大国をつつがなく、ゆるゆると発展させていった。
後に歴史書は、その平和なときを、王国の歴代でも一二を争うほど、実り豊かで平和な時代であったと、記すだろう。



「ちょっと、おっさん出てらっしゃい!!!」

見知った顔が、怒りの形相も露に、堂々と陛下の御前へと現れた。
その後ろに、もう一人見知った顔が、その背中には見知らぬ小さい人、右手には少し大きな見知らぬ子供を連れていた。

「おお、ユリではないか、久しいのう」

鷹揚に答えたジクロウは、白髪が混じった金の髪を揺らし、愉快そうにその人間に返事をする。彼の隣には、美貌の正妃と名高い、アンネローゼがまたややふくよかになった頬を上げ、楽しそうな表情を浮かばせる。
一時この国に正妃として嫁いだ他国の王女は、結局里心が癒えぬまま、心身に異常をきたし、国へと帰っていった。全く彼女の心を慮らなかった陛下にも責任の一端はあるものの、しかし生まれついた身分の割には、肝が据わっていないような少女など、どのみちどれほど心を砕こうとも、役には立たなかっただろう。
その後起こった正妃争いについては、陛下は思い出したくはないせいなのか、記憶をどこかへ放棄している。

「あんたはいいの、あんたは、アーロナは?アーロナはどこよ!」

考えられないほどぞんざいな口を聞く女の登場に、ユリの持つ珍しい黒髪以上に、文官たちが驚きを隠せないでいる。

「あの、ユリ様、およびだと」
「呼んだも呼んだ、いったいぜんたいこれはどういうことよ」

ユリは己を指差し、アーロナに問う。
だが、そこには全く変わらないユリの顔があるだけで、アーロナは首をかしげる。

「相変わらずお美しくてらっしゃいますが、それが?」
「美醜は関係ない!まったくぜんぜんちっとも老けないのはどういうことかって聞いてるの!」
「そういわれれば」

ユリの見た目は、初めて会ったときからほとんど変化がない。
それは珍しい髪色がそうみせていたのかと思ってはみたものの、十年以上もその容姿が衰えないのは確かに異常だ。
迅速に別室へと通され、見知ったものだらけになったユリは、なおもアーロナの胸倉をつかみながら説明を求めている。

「いや、ですから、それは私にも」
「だいたいおかしいって思ってたんだよね、髪も爪もあんまり伸びないし!」
「そういわれれば、あの時切られて以来、そのままですよね、ユリ様」

遠い昔に拷問にあった際、彼女の髪は切り落とされ、肩につくかつかないかのところで揃えられた。そこから彼女の髪型はほとんど変化せず、やや伸びたせいか、肩口よりもは少し下のあたりで揺れている。

「だいたい、生理だってこないし」
「ほほう、さすればどのようにして・・・」

口を挟んだアンネローゼは、膝の上にユリが連れてきた子供を乗せてご機嫌だ。

「いやー、なんていうか、そういえば妊娠している間はちょっと髪が伸びたような」

そう、ユリが連れてきた子供は、紛うことなく彼女とダレンの子供だった。
そのダレンは、アンネローゼの膝の上にいる子供より大きな子供と共に、のんきに茶をすすっている。

「これまた見事な金髪で」

薄茶のダレンと、黒髪のユリから生まれた子供は、見事な金髪と碧眼をもつ、女児と男児であった。
おすまし顔で茶を飲んでいる長女は、ユリに似たのか大変愛らしい容姿をしている。

「さすがに、最適な器だけはありますよねぇ、ユリさま」

出自を考えなければ、これだけの容姿の子供は、確かに王家の人間に相応しい、とも言える。
だがその言葉に、己が散々理不尽な目に合わせた日々を思い出し、アーロナはユリにさらにきつく胸元を締め上げられる結果となった。

「まあ、よいではないか、ユリ、長生きで」
「やーー、ちょっと、対処方法はないの?」
「異世界のことはとんと」
「あんた連れてきたくせに、責任とってよ、責任」
「永遠の乙女など、世の女子が聞いたら、血眼になって手を伸ばすというに、ユリはほんに、無欲じゃのう」
「いやいやいや、アンネローゼ様、不便だから、むちゃくちゃ不便だから。すでになんか怪しまれてるし」
「だったらまた王宮で暮らせばよい。幸い私の離れは人もおらずに平和なものじゃ」
「……仕事ある?」
「もちろん。そろそろ子供たちの教育係が欲しかったところ。ダレンにもそこで教えてもらえれば助かる」

ユリとダレンは、あちこち気ままに旅をしながら、今までのんきに暮らしてきた。
子供が大きくなった今、確かに一つところに落ち着きたいとは思ってはいたものの、文句をいいに来た先に再就職をしてしまうのはどうだろうと、二人で視線を交わす。
相変わらず発言の機会さえ与えられない陛下は、そのやりとりを心配そうに見守っている。

「ここにおればアーロナが秘密を解き明かしてくれるやもしれぬ」
「ほんと?ほんとにほんとに???」
「えっと、あの、努力いたします」

ユリがその姿を消し、誰よりも落胆していたアーロナは、彼女が留まる可能性をアンネローゼから示唆され、後先考えずにそれに乗る。
彼の仕事は研究なのだから、それも中へ加えてしまえばよいだけだ。

「そっか、まあ、ここの方が子供のためにもなるし」

旅から旅へ、というのは楽しいものだが、教育を考えれば、この王都は最適だ。
まして、長女の頭脳はダレンに似たおかげで、非常に良く、魔術に適応した能力も有しているらしい。
長男についてはまだ不透明だが、それでもどちらに似ても、それほど酷くはならない、と、すでに親となったユリは考えている。

「お世話になっちゃおうかなあ」

二児の母になったとはいえ、あまり性格の変わらないユリがこぼす。
ダレンはそれに従うだけだ。

「ユリちゃんがいいなら、ボクはそれでいいけど。あ、そうだ、いい手があるよ?」
「何が?」
「歳を取る」
「何??」
「ずっと妊娠してればいいんだよ。どうもそれで時が進むみたいだからね。だから今日からいっぱいがんばろう」

余計なことを言ったダレンは、ユリに怒鳴られ、長女に呆れられる。
相変わらずの二人を見て、また周囲は微笑む。
今日からまた、ユリを加えた仲間たちの日々が始まる。
ユリを本当のこの世界の住人として迎え入れて。



5.13.2010/end
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