「で、呪いをとく気にはなったのかい?お嬢さん」
ダレンの冷たい言葉が後ろ手に、両腕を縛り上げられたスリリルに降り注ぐ。
だが、スリリルはその顔色を全く変えずにただ、彼女を囲んだ人間を睨み上げる。
「命で贖うってことでいいんだな」
「スリリル様、いいかげん強情をはるのはおよしなさい。申し上げにくいですが、あなたのその命をかけるほど陛下がいい男とは思えないのですが」
臣下とも思えない暴言を吐きながら、宰相が説得にかかる。
どれだけ言葉を尽くしてみても、もはや無理だと、この場ではもっとも高位にある施政者として判断をくださなければならない、というところまで、宰相が追い詰められる。
「スリリル様」
口を引き結んだまま、スリリルは誰とも視線をあわせようとはしない。彼女のことを思うジエンですら、決して交わらないその瞳をただ見つめることしかできないでいる。
「いいかげんにさらせ、この女」
耐え切れなくなったのか、ダレンが彼女の胸倉をつかむ。
見知らぬ男の攻撃的な態度に、一瞬怯んだものの、スリリルはあくまで頑なな態度を崩そうとはしない。
「おい!」
ダレンの決断を迫る声が宰相に投げつけられる。
恐らく、宰相が判断をせずとも、このままスリリルを亡き者にするつもりだろう。
施政者として、その判断を民間人である彼にさせるわけにはいかない、と、ようやく重い口を開きかけた瞬間、彼らに客人の知らせを従者がもたらした。
気勢をそがれら彼らは、その相手を確認し、宰相は安堵した。
ジクロウがようやくうるさいお目付け役の目から逃れ、この場へと到着したのだ。
皆が見守る中、宮廷魔術師であり、また大貴族の娘だとは思えない格好で注目されているスリリルを、陛下は見下ろす。
相変わらず平凡な顔に、凡庸な雰囲気の彼は、誰とも言葉を交わさず、一切の弁明を聞くこともしないで、容姿とは裏腹な判断を下した。
「私はユリをとる」
その言葉はスリリルにとっても、陛下と彼女の関係性を知るものにとっても、ただ冷たいだけのものであった。
「陛下……」
「私は、私とユリをとる。幼友達の情に絡め取られ、今まで間違った選択をしていた。王としてこれほど愚かなことはない」
ユリを召還した当初は、呪をとく事など、それをかけた本人にしかできないのだと、陛下たちは考えていた。色々探らせた結果、術者を消してしまえばいい、という解決方法が提示されたものの、誰もそれを実行しようと示唆するものは存在しなかった。
ただ、付け焼刃的な方法をとり、そのたびにユリは飛ばされ、不幸な目に会っていった。
あっけらかんとその苦労話をアンネローゼに語るユリの姿に、ジクロウは徐々にユリへの同情と、スリリルへの反感を募らせていった。
まして、彼は王だ。
情によって判断を誤るようなことをしてはならない。
今この場で、彼は判断し、決断した。
王家にとって、血脈を絶とうとする人間はいらない、と。
「ローンレー、命令する。そのものの首を切れ」
ジクロウとは思えない冷たい声が放たれ、よく訓練された兵隊であるローンレーがためらいも見せずに刀を振り下ろす。
幾人かが目をつぶった瞬間、スリリルの命を守ったのは、ジエンであった。
彼女を両腕に抱き、ローンレーに背を向けたところを、まっすぐに刀が彼の背を切り裂いていく。
くぐもった声が響き、スリリルの絶叫がこだまする。
「ジエン、ジエン!!!」
血だらけの彼がスリリルへと力なくもたれかかる。
息はあるものの、体格のよい彼が吐き出すものとしてはひどく弱弱しい。
「助けてやってもいいがね」
こういう大規模な治癒の術は使えない彼女は、声をかけたダレンに縋る。
「もちろんのろいを解いてくれたら、だがな」
スリリルは唇を噛み締め、周囲の人間を見上げる。
いつのまにか涙が、頬を伝って地面へと無尽蔵に落ちていく。
「これでもまだおまえは選ばぬか?」
陛下の声が容赦なく注がれる
スリリルの目に映る陛下の姿は涙でおぼろげではあるけれど、彼の表情は冷酷で、一遍の情も感じ取ることはできない。その姿も徐々に、さらなる涙で見えなくなっていく。
この人は、もう昔のような友情すら自分には与えてくれないのだと、ようやくスリリルは納得することができた。
認めたくはなくて、あがいていた事実にようやく突き当たる。
血が滲むほど噛み締めた唇から、ようやく言葉が漏れる。
陛下は、スリリルにようやく微笑をもたらした。
それが、本当に最後になると、彼女はわかっていた。