陛下、事件です/第7話

 人が百名は入れそうな広い部屋の中、陛下が一段高い位置へ座り、顰め面をした男たちが、低い床の上に用意された円卓を囲んでずらり、と座っている。分厚い布が窓にはかけられ、美しく照っているであろう太陽の光をすっかり遮っている。当然部屋の中は暗く、陰鬱とした雰囲気をさらに盛り立てるありさまだ。
申し訳程度に活けられた花は、美しいものの、この酷く逼迫した空気を癒してはくれない。
そんな中、一人の男が饒舌を弄している。
リサゼル=フィムディア。
この王国の継承権第二位にして、ジクロウの異母弟。
生き生きとした様子で話し続ける彼をよそに、中心に据えられているはずのジクロウは、徐々に眉間に皺をよせていった。

(聞いてないぞ)
(私もです)

口を開けずに隣にいる宰相と会話を交わしたジクロウは、ただただリサゼルのもたらした情報に驚愕していた。
ユリがニーノの毒殺をたくらみ、それを自分が見事に阻止したと。また、その実行犯であるユリをすでに捕まえ、現在尋問中である、といった寝耳に水の事実を、である。
まさか、とも、そんなはずはない、とも言えずに、ただ黙ってジクロウはリサゼルの話を聞いていた。

「ですから、一介の侍女にこのような大それたことはできるはずはないと」

暗に、その主アンネローゼの介在を匂わし、彼は宰相や、スリリル氏、といったジクロウ一派の元老院を見渡していく。
元々アンネローゼのことを快く思っていなかった連中は、それぞれ勝手にやはりあやしかっただの、出自がどうの、とくだらないことを騒ぎ立てはじめている。

「私どもはすでに、侍女から自白を得ております」
「なに?ユ、いや、侍女から?」

陛下は思わずユリの名を呼びそうになり、慌てて言い直す。

「はい、もちろんです」
「して、首謀者の名前は?」

コザーヌ家当主は芝居がかった大仰な態度で、リサゼルに相槌をうつ。

「それは」

いよいよ、と、金の髪を右手で大げさにかきあげ、リサゼルが口を開こうとした途端、突如彼の袖口から何かが零れ落ちた。
ガラス製のそれは、分厚い絨毯の上に音もせず落下し、同製の栓がはずれ、中身がその上に弧を描くようにぶちまけられた。
すかさずそれを宰相が見咎める。
何が起こったのかがわからないリサゼルは、素早くそれを検分する宰相を止めることができないでいた。

「リサゼル様、これは」
「そ、それは」
「ご存知で?」
「知らぬ」
「ですが」
「知らぬといったら知らぬ」
「そうですか、申し訳ありませんが、サン殿を呼びます」
「それはならぬ」
「なぜですか?」

うろたえるリサゼルをよそに、扉の後ろで控えていた武官に声をかける。
しばらくしてアーロナが、部下を伴って元老院の会議室へとやってきた。

「これを」

薬物に関する知識だけは図抜けて有している、という部下が、その匂いを嗅ぎ、静かに告げる。

「これは、毒薬です」
「して効果は?」
「はい、多少の苦味はありますが、お茶などに混ぜれば数口は知らずに嚥下し、それで十分な効果が得られるかと」
「よくわかった、下がってよい」

部下だけを退出させ、アーロナを後ろへ控えさせたまま、宰相がリサゼルに穏やかに尋ねる。

「これを、どうされましたか?」
「……侍女から押収した」
「ほう、侍女から」
「そうだ、アンネローゼの侍女から押収した!ほら、これが証拠だ」

宰相が持った瓶を指差し、リサゼルが勝ち誇る。

「どうして最初にそれをお出しにならなかったのですか?」
「そ、それは」
「宰相殿、これほど確かな証拠があってもアンネローゼ殿をかばいますか?」

コザーヌ当主が助け舟を出すかのように、口を挟む。
さすがに年かさの分だけ、リサゼルのような隙をみせることはない。
もちろん、これはアーロナが密かに彼の袖元に潜ませたものゆえに、当主もリサゼルも内心は驚愕しているはずだ。その仕掛けにいち早く気がついた宰相は、さらにリサゼルへと質問を投げかける。

「ですが、これが侍女から押収された、という証拠はどこにもありません」
「私を疑うのか?」
「そういうわけではありませんが」

緊迫した雰囲気の中、陛下がようやく声を出す。

「その侍女に直接尋ねたい」
「陛下、そのような下賤のものに、直接会われてはいけません」
「いや、会って直接尋ねたい。もし本当にアンネローゼがそのようなことをしたのならば、私はそれをたださねばならない」

ボンクラな陛下の割りにはまっとうなことを口にしたことに、元老院の議員たちが皆驚きを隠せないでいる。いつもはただお飾りのようにきちんと椅子に座し、宰相や高官たちが述べる文言をただ黙って頷いているのが彼の仕事なのだから。
陛下は、時間稼ぎになるのなら、と、おもいつきを口にしたまでなのだが。それが意外なほど効果をもたらした。
めったにない陛下の直言と、元から抱いていた皆のリサゼルに対する不審、アンネローゼやニーノそれぞれに肩入れする心情、などがあわさりつつ、ざわついた空気の中、宰相の合図のもと、ユリが引き出されることとなった。
落ち着かないリサゼルと、何を考えているのかが読めないコザーヌが、静かに笑っていた。


10.20.2009
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