とある領主との会話/第5話

「最低だな、あんたら」

洗いざらいスリリルとのことを吐き出したジエンは、再び強気の態度を取る。
昏倒したまま目覚めない両親は、リイルの夫によって保護され、しかしながらその剣先は常に彼らの方へ向けられたままだ。

「こちらにはこちらの事情があります。あなたはただ少し手伝っていたつもりでしょうが」
「子供が生めないからってあんなねーちゃん呼び出して」
「スリリル様が呪いをとけば、そんなまねはせずに済みました」

ユリに関しては多少の両親の呵責を抱いているリイルは、それでもジエンに対してはその態度を崩すことはない。

「だいたい、あなたもあちこちユリ様を移転させる手伝いをしてらっしゃるのでしょう?前回どこにとばされたか、ご存知なはず。私たちのことをどうこう言える立場ではありませんでしょ?」

ユリは前回、人通りが限られた路上へ放置された。
彼女のもって生まれた運なのか、普段は通りかかるはずもない劇団に拾われ、一命をとりとめた、というところまでは、アーロナたちが足取りを掴んでいた。

「それは、そうかもしれないけど」
「所詮あなたにとっても、ユリ様はどうでもいい存在なのでしょう?正義の味方ぶるのはやめていただけませんか?」

痛いところを突かれたせいなのか、ジエンが押し黙る。

「責任をもって、彼女をこちらへ連れてらして。失敗したら、わかっていますでしょ?」

暗に隣の部屋に視線をやり、彼の両親の生死を彼の前に差し出す。

「お待ちしております」

綺麗に形作られた笑顔で送り出され、ジエンは自宅へと帰っていった。
どれだけ、いますぐ転移を行い、自ら両親を助け出したいと思ったことか、と、自宅へと転移した彼は考える。
だが、見張りについているのは一級の騎士だ。
両親どちらか、ならいざしらず、両方を抱えて飛ぶことはできない。その間に確実にどちらか、父か母が刺殺されるだろう。そういう仕事をする際に、全くためらわないのが騎士なのだから。

「ただいまぁ」
「おかえり」

仏頂面なスリリルに迎えられたジエンは、できるだけいつもと同じように振舞うよう神経を使う。
元々お嬢様育ちの彼女は、家のことは何もできない。ジエンが作る料理を食べ、ジエンが掃除した部屋で寝泊りをする。唯一洗濯らしきものはしているらしいが、それ以外のことはジエンに頼りきりの毎日だ。
だから、こうやってジエンが遅く帰ってきた日は、空腹から非常に機嫌が悪いことが多い。
それをしれっと何事もなかったかのように扱うのがジエンの良いところで、そこに彼女はとことん甘えてしまっている。

「メシ、今日は食べに行くか、久し振りに」

あまり金をとらない医者として有名ではあるが、たまの外食をするぐらいの金銭は受け取っている。
それを聞いて、スリリルはあからさまに顔をほころばせ、指定席のような台所の椅子から立ち上がる。
腰を浮かした、言わば少し無防備な瞬間、ジエンは彼女を確保して、王宮へと転移した。
通常の王宮は重要な施設ほど結界が張られている。
重要度により、結界の強度も異なるのだが、ジエンが飛んだ先は、施設内で最も結界が厳しい場所。
すなわちユリが閉じ込められていた部屋、王の寝室のすぐ隣、だ。
アーロナがその術を緩め、ジエンとスリリルが進入してこられるようにあらかじめ細工しておいたのだ。

「リイル」
「……陛下」

下唇をかみ締め、ジエンと懐かしい陛下の顔を見比べる。
瞬時にして裏切られたことを悟った彼女は、すぐさま転移しようと準備をする。
だが、それを阻止したのはジエンであり、ジニルスである。
両親を人質にとられた彼は、スリリルに逃げられるわけにはいかない。

「裏切り者!」
「それはこちらの台詞です、スリリル様」

宰相がジエンとジニルスに押さえつけられたスリリルに対して口を開く。
口調は丁寧だが、長きにわたるくだらないやりとりのせいで、彼女に対しては若干の軽蔑が混じり始めている。

「いいかげん、解いていただけませんか」

ふてくされ、顔を思い切りそらし、スリリルはそれに答える。

「ジエンさまのご両親の命と交換しても、その態度を貫かれますか?」

リティが、スリリルの側までいき、優雅に扇をかざしながら彼女に条件を突きつける。

「別に、私には関係ない」

予想通りの答えを吐き出し、ジエンは顔色をかえ、リティは冷笑を浮かべる。

「あなたの身内をお呼びすればよかったのですが」

スリリルの家は、もはや大伯母の孫がその後を継ぎ、彼女は本流からはずされている。
彼女が女性だから、ではなく、祖母から引き継がれるその髪色のおかげで。
だからなのか、リイル自身は、現スリリル家当主に関しては、微妙な感情を抱いており、このようなときに人質になるような心のやりとりは残念ながら行われていない。彼女が最も信頼し、最も愛していた父と祖父は、すでにこの世にはいない。

「ジエン様の両親などどうなってもよい、というお返事でよろしくて?」
「だったら今からあんたに呪いをかけるけどいい?石女になれって」
「かまいませんが?私の家程度でしたら、いくらでも優秀な養子をとればいいんですもの」

程度、という表現をされた夫であるジニルスは、少し眉を動かしたものの、言葉どおりのため、黙ったままだ。確かに彼女が子を産まなくとも、ローンレー家はなんとかなる、きっとリティの采配によって。

「ふーん、だったら二目と見れないほどの顔にしてやりましょうか?そのお綺麗な顔を」

ジニルスとジエン、さらにはアーロナ、武力と魔術両方で抑えられてもなお、その魔術が使える自信があるのか、スリリルは一向にひこうとはしない。まして陛下の呪いをとく、などとは考えてもいないようだ。
両者の緊迫したやりとりのなか、やはりおろおろするだけのジクロウは、ようやくここにきてスリリルへと声をかける。

「リイル、頼むからそのような恐ろしいことを言わないでくれ」
「大勢で脅しておいて、何を言っているのかしら」
「それはそもそも、リイルが私に呪いなどかけるから」
「だって、だってしょうがないじゃない」
「しょうがないですって?側室にならばなれるかもしれないのに、それを放棄したのはあなたでしょう?」
「あなたに何がわかるっていうの?でもいいわ、どうせこのままだったらジクロウは子供ができないんだから!」

かすかに残された、側室となれる機会すら失ったスリリルは、ジクロウと女性が接触することは避けられないまでも、その証となるようなこと、つまりは子を成すことを防ぐことで、無理にその目を閉じ、耳を塞ぎ、何も無かったかのようにふるまえるのだろう。ぎりぎりの精神状態はすでに普通のものではなく、後一息で何がしかの線を越えてしまいそうだ。

「わかりませんし、わかろうとも思いません。それに、ユリ様がいれば陛下とてお子はなせます。残念ながらあなたの呪いは無効です」

すでにユリに子を産ませる気はないリティだが、スリリルの心理状態を考え、ユリの存在をつかって揺さぶりをかける。
ユリの存在は、スリリルの全てをかけた呪いを、瞬時にして解体し、最も見たくない結果をスリリルへとつきつけるものだから。

「最後まで邪魔してやるし、それにあんな小娘相手に、ジクロウが本気で相手にするわけないでしょ?」

相手にするわけがない、と本気で思っているとすれば、すでに追い掛け回して数年を要し、邪魔をして同じ時がたっている、という彼女の行動を説明できないが、スリリルは、陛下がそういう相手として本気でユリを求めている、とは思いたくない様子だ。

「いいやリイル、世はユリを気に入っている。それにそうでなくともそれが職務ならば遂行するのが、私の義務だと思っている」

間の悪いことに、いつもはぼうっとしている陛下が、まっとうなことを口にする。
性格的に、そういうことを無理強いすることができないジクロウだが、それが国に関わることとあれば、割合と平気でそういうことが行えるのも彼だ。
今のところそこにしか可能性のないジクロウは、この中のだれよりもユリの存在に縋っている。

「ジクロウ……」

彼の言葉に、スリリルが高飛車だった態度を軟化させ、陛下へと情感のこもった視線を向ける。

「リイル、呪いをといてくれ。そうすれば全てがうまくいく」
「私は?私はどうなるの?」

呪いを解けば、ユリのことなど必要はなくなる。陛下はユリを求めなくとも済むし、その姿をスリリルが見ることもなくなる。
だが、スリリルとの関係は変わらない。
陛下には側室が存在し、スリリルは一介の魔術師のままだ。

「側室、というわけにはまいりませんが、それなりの地位で迎え入れることを検討いたしますが」

宰相の提案に、スリリルが迷いを見せる。

「それはならぬ」

だが、ある意味馬鹿正直な陛下が口を挟む。
全員が陛下を注視し、宰相などはどうして自分の考えがわからない、といった表情を見せる。

「一度は国家に背いた身、そなたを側室どころか中央に在籍させる気はない」

スリリルの表情が強張る。
幼い頃より彼の性格を知り、愚鈍だがどこまでも国家に忠実な彼のことを甘く見ていたわけではない。
だが、そのあまりに政治的で冷淡な判断に、思った以上に驚かざるを得ないようだ。
それは他の人間にも言えることであり、言葉で懐柔しようとした宰相はあきれ返り、スリリルの勝手な言い分に怒りを募らせていたリティは少しだけ陛下を見直した。
しかしながら、この場この時にわざわざそのように神経を逆なでするまねをすることはなく、呪いを解いた後にどうこうすればいいのだと、陛下は後に宰相に苦言を呈されることとなるが。

「やっぱり、やっぱり呪ってやる」

どういうわけか恨みを全てリティに向けたスリリルが、怒りにたぎった目でリティを睨みつける。

「それに、あの小娘も始末してやる」

その言葉で、リティが夫へと目配せをする。
当然その先にはジエンの両親の命がかかってくる。

「今まで散々世話になったジエン様の両親のことなど、本当にどうでもよいのですね」

返事の代わりにスリリルは侮蔑をこめた視線をリティに投げつける。

「そういうことですから、残念ね、ジエン様」

リティもそれに答え、酷薄な笑みが、ジエンにもたらされる。これ以上青ざめることができないほど顔色を失ったジエンが、スリリルに掴みかかる。

「おまえ、いいかげんにしろよ!俺の両親はどうなってもいいのか!!!」
「ちょ、ちょっと呪ってる最中!」
「そんな場合じゃねーよ。だいたいお前のわがままでこんなことになったんだろうが!」

あまりに激しい怒りを垣間見、全員の意識に少しだけ隙が生じる。
それを見逃さずに、スリリルが逃亡をはかる。
あまり得意ではない、という転移の術も、アーロナやジエンに叶わないぐらいで、ある程度の腕はある。アーロナがすぐさま追いかけるものの、その姿を捉えることはできなかった。
呆然としたジエンは、リティに縋るような視線を送る。

「仕方ありません。ある程度予想はしておりました」
「おい、両親は」
「自由に、というわけにはまいりませんが、すぐさま処刑するわけではありませんので、ご安心を」

リティの感情がこもってない笑顔に不安を覚えながらも、とりあえずは安堵したジエンは、その場にへたり込む。
呆然と彼らのやりとりを聞いているしかなかった陛下は、結局最後まで口を開くことができなかった。ただ中途半端に行使した呪いが、どういうわけか触れるとかぶれるという野生の植物が城中に跋扈する、といった形で結実し、それを処分するため、かなりの日数を要することとなった。
幾日か後、すでに祖父の代に分家した人間から密使が遣わされた。
それは、陛下や宰相、リティたちの、次の切り札となりうる可能性を秘めていた。



 ユリは久し振りに風呂、というものを堪能しながら落ち着いた毎日を過ごしていた。
ただの使用人や、下女、はたまた旅芸人の賄いなど、どちらかというと苦しい階層で生活していた彼女は、このように贅沢に水を使った風呂に入るのは、本当に久し振りだ。
まして、ユリの今使っている水は程よい温かさを保っている。
日本人として、これほどたまらないものはない、と、毎日皮膚がふやけるほどそれを堪能している。
だが、鬼畜領主に有り金を取られたことを気にしている彼女は、金を得る算段を始めている。
とりあえず内職めいたことを始められれば、と、ダレンに頼んで針子の仕事をもってきてもらうように頼んである。
お湯を掬って、顔にかける。
暖かいお湯が顔を伝わり、生きている、と実感する。
まだ、足枷の跡はとれない。
だが、ユリはこの世界に来て初めて、本当に心からくつろいだ気持ちでいた。


8.20.2009/完結
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