とある領主との会話/第4話

「気がついたか?」

暖かい、まず最初に覚醒して感じたのは、今までに感じられなかった感触だ。
冷たくも硬くも無い、何かが、ユリの体を包み込んでいる感覚。
ゆるゆると視界が鮮明となっていく中、ユリは、自分が清潔な寝具の上に横たわっていることを発見した。
まだ声にならない声で、ダレンの名を呼ぶ。
頭を撫でながら彼が、さじで何かをユリの口へと運ぶ。

「滋養にいい。とりあえず口に含め」

言われるままに僅かに口を開いたところ、ねじ込むようにしながらさじがユリの口の中へと入り込む。
甘い香りと味に、ユリは自分が生きていることを今更ながらに実感する。

「もう少し眠れ、だんだん良くなる」

ダレンの言葉に、ユリはゆっくりとまぶたを閉じる。
次に再び目を開けたときには、さきほどよりも多い量に何かが、口へと運ばれ、もう一度ユリは眠りに入っていった。
幾度もそれを繰り返し、徐々に覚醒する時間が多くなっていき、ようやく、ユリは自分の手で粥を食べるまでに回復した。
すでに、彼女が助け出されてから、数日が経過しており、その間、ダレンは辛抱強くユリの世話をしていた。

「あの、ありがとう」
「こっちこそごめん、もう少し早く発見できたら」
「ううん、そんなことない、ほんとにありがとう」

濡れた布巾を手に、器用にダレンが彼女の顔を拭いていく。
ユリは彼のなすままにしている。

「ここ、ダレンの家?」
「そう、ボクんち」

見渡す限り何も無い部屋は、まるで生活感を感じさせず、辛うじて、机の上に散らばる書類だけが、人間が誰か存在していることを示している。

「ごめん、もう少し元気になったら、何かするから」
「別にいいのに、ユリちゃんならいくらだって」
「そういうわけには」
「じゃあ、ボクのお嫁さんになって」
「それとこれとは別だから」

すっかりと軽口だけは叩けるようになったものの、体力が元に戻るには時間がかかる。
現在でもすでに、ユリは疲れを感じ始めている。

「その問題は後で話し合うとして、とりあえずユリちゃんは寝ないと」

おとなしく、ダレンの言葉に従う。
全てを知った上でなお、自分と関わりを持とうとしているダレンのことを、憎からず思っていることは確かで、ユリは安心して眠りに落ちていった。



「王様っていうのはこういう酷いことをするんだな」
「そうね、手段は選らばないわね、こういう場合は」

リティの実家で、ジエンはまんまとおびきだされていた。彼の両親の捕縛、という情報によって。
もちろん、彼らは隣の部屋できちんと彼女の夫に対応してもらっている。少々彼の格好は好戦的なものかもしれないが。

「あなた、スリリル様が何をなさったかはご存知でしょ?」
「……知らないね」
「まあいわ、でも、反逆罪になることをご存知?」
「ああ?」
「スリリル様がなさったことは、王家に対する反逆罪になることぐらいおわかりになりますでしょ?子孫を残せないようにする呪いだなんて」
「だったら、だったらどうなんだよ」
「あら、お認めになったのね、いい子。でも、反逆罪は三親等以内は絞首刑だっていうことも、当然ご存知よね?」
「ちょ、ちょっと待てよ、なんだよそれ、俺は、俺の両親は関係ないだろう」
「それが、関係ありますの。王家、しかも今上陛下に対する反逆罪は、三親等以内の親族を処分することによって贖う、と、きちんと文章にして国家の法律として定められております」
「や、や、や、俺は知らない、何にも知らない」
「まあ、その態度を貫いてもかまいませんが、もうあなたが手を貸したという証拠は掴んでおりますし。どうせこれは非合法の取調べ、私の判断一つであなた方の罪状は簡単に決定できます」
「や、だから」
「そう、残念ね。優秀な魔術師は国の宝ですが、陛下に、国に仇をなすものとあっては、見過ごすわけにはまいりません。三親等以内全てを処分することにしましょう」
「待ってくれ!」
「何を?」
「待ってくれ、頼む。全部、全部話すから」
「それほどの覚悟もなく、あの方に加担していただなんて、がっかりいたしました。もう少し骨のある方だと思いましたのに」

声が筒抜けとなった隣の部屋で、夫は今まで薄々感じ取っていたリティの非情な部分を思い知らされ、知らず知らずのうちに冷や汗をかいていた。
まして、何も知らずにお屋敷へと連れ去られ、縄を打たれたジエンの両親にいたっては、リティの一語一句に絶句せんばかりに驚愕し、最後は言葉もなくただ、その場に倒れこんでいた。



「今回は遅いなぁ」
「ん?」
「や、見つからないな、と思って」
「ああ、結界張ってあるから」
「結界?」
「そう、ボクって結構器用なんだよね、だからなんでもできるんだ」
「器用貧乏っていうやつ?」

すっかりと、とまではいかないものの、起きて活動できるまでに回復したユリは、せめてものお返しとして、ダレンの身の回りの世話をし始めた。
もっとも、彼自身はそれほど手のかかる人間ではなく、掃除洗濯料理、などをやるだけに留まっている。
これではまるで新婚生活だ、という言葉は飲み込み、本日もシチューを煮込んでいる。

「仕事、探さないとなぁ」
「や、ユリちゃん、いくらボクでもそこまで結界はのばせないし」
「んーー、そっか、でもなあここで一生過ごすっていうわけにも」
「や、や、や、ボクはそれで全然かまわないんだけど」
「私がかまうんだよね」
「でも、どこへ行く気?実際問題。ユリちゃんに故郷ってないんでしょ?」
「それは、確かに」

ユリの故郷は異世界だ。とてもじゃないけど帰れない。
だが、このまま非常に狭い世界に閉じ込められているのも癪だ。
どちらかというと労働というものは、彼女の性格にあっていたのかもしれない。
働いていさえいれば、余計なことは考えなくて済む、ということもあったのかもしれないが。

「根本的に解決できないかなぁ」
「呪いを解く?とか?」
「ダレンにもできないんだよね」
「スリリルの呪いをとくなんて、誰にもできないんじゃないかな。たぶん」
「んーーー、だけどあれをなんとかしないと、ずっと追いかけられるわけだし。私の生殖能力がなくなるまで逃げ続ける生活っていうのもなぁ」
「だから。このままここにいればいいんじゃないかな?ずっと」
「この家に?ずっと?」
「あちこち行きたいなら僕と一緒にいけばいいし」
「ちょっと、というか大分不自由じゃん、それって。それにダレンだってもっと自由に動きたいでしょ?」
「ボクはユリがいれば別に」
「そっか、陛下を人質にとって脅せば彼女も呪いとくんじゃない?」
「……よくもそう凶悪なことを思いつくね、ユリちゃんってば」
「や、そういえば一回やったことあるんだよね、こう刀をつきつけてさ」
「ごめん、ユリちゃん、そういうのって普通の女の子はしないと思う」
「しないって言われても、まあ、存在そのものが普通じゃないし」
「……ちょっと考えさせて」

本気がみなぎるユリの提案に、ダレンは思わずたじろぐ。
このままでよいとは言わないけれど、だからといって過激な方向で問題を解決するのはためらうのは無理も無い。ユリの方はといえば、制限される行動範囲に、気分転換にもなっていた労働を取り上げられ、精神状態は良い、とは言えない。三食十分に与えられたところで、望郷の念や、過去を振り返る気持ちは振り切れないのだから。


8.18.2009
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