出会い/第7話

「ユリ」
「ユリ様」

いつものようにヘタレと貧弱、がユリに声をかける。
この国では珍しい金の髪に、貧相な体の男が突然道端に現れたことに、艶めいた女たちがざわめく。
すぐさまその金の匂いを察知したのか、数名が商売を始めたのには驚いたが、その女たちをなんとかかわしながら、陛下がユリへと近づく。

「あーーーーーーーーーーーーーー、結構気に入ってたっつーに」
「いいかげんあきらめればそのような生活をせぬでも」
「あんたたちが勝手に私を連れてきたんでしょ?私は普通に幸せに暮らしてたっちゅーの」
「や、それは悪いと思うてはおるが」
「うざい、あんたの子供なんて死んでも生んでやるもんか、っていうか触られんのもトリハダ」
「……そこまで言わなくとも」

眉尻がしょんぼりと下がった陛下に、何の同情心もわかないユリは、ちゃっかりとダレンの後ろに隠れたままだ。
つねならば、ここで暴力行為に及んでも陛下たちを阻止するところだが、今回はそう簡単にはいかなかった。
なぜなら、見知らぬ顔が一つ、戸惑いながらもユリの方へ意識を集中していたからだ。

「そんなものまで連れてきて。女一人になさけない」

剣を携えた姿から、おそらく騎士、というやつだろうと踏んだユリは、思い切り悪態をつく。
これがまた、やたらと顔もよく、体格も男らしい男がきたものだから、わけもなく腹を立てる。
せめて陛下がこの容姿であったならば、いや、と、そこまで考えてユリは頭をふる。
どれだけ顔が良くとも、俺の子を生め、と無理強いするような阿呆は嫌いだ。

「ああ?あんときの?」

両者のにらみ合い、緊張感など微塵もかんじさせない間抜けな声を上げたのはダレンだ。
女性一人に剣を構えることに躊躇していた騎士と、何もできない陛下と魔術師が、魔術師に対して言葉を発したダレンへと視線を注ぐ。

「おまえは?」
「お前は知らないなぁ。頭悪いだろ?おまえ」
「あんたら知り合い?」

驚きを隠せないユリは、陛下とダレンを見比べる。
綺麗な金髪に平凡な苦労知らずの陛下、と、それなりに人生経験積んだようなダレンの共通点が浮かばない。まして、ユリが知る宮殿内では全員、といっても四名ほどだが、金の髪を持つ人物で占められていた。そこで出会った女性から、王族の規則、とやらも学んだユリは、ダレンの一つにくくった茶色の髪を見る。

「そういわれればどこかで見覚えが」
「陛下、陛下、老師の、老師のお弟子さんですよ。一時期学園の方にも在籍しておられましたが。私もよく教えていただいた記憶が」
「老師?学園」

聞きなれない言葉に、身体のまさしく危険にさらされているにもかかわらず、ユリが問い返す。

「はっはーーん、おまえあの女の息子か。結局あたってたつーわけか、予見」
「いやいや、あんたってあいつらより年上なわけ?」

陛下と同じ年程度だろう、と検討をつけていたユリが疑問を口にする。冷静に考えればそのような場合ではないのに、好奇心というやつは誰にとっても止められないものなのだろう。

「ふーーん、陛下ねぇ、あの女の望み通りってわけか」

どちらかというと冷ややかな、軽蔑、ともとれる視線をダレンが陛下へと送る。
ここ数日、ユリは彼と共に歩き、どこかまでも軽い彼の姿しかみていなかったユリは驚く。

「どうしてあなたほどの人が、こんなところに」

おっとりと思い出したのだろう、陛下がこれまた当然の質問を口にする。
現在の宮廷魔術師を勤めるほどのアーロナがしっかりと記憶し、あまつさえ尊敬の目すらかけているような男、ダレンが、別の国の片田舎の、おまけに召還された異世界人であるはずのユリと一緒にいるのだから、疑問に思うのはあたりまえだ。

「運命の人探し」
「運命?」

綺麗に陛下と魔術師と騎士の声が重なる。
あまり連れてきても威嚇以外の役にはたたなさそうな騎士は、あからさまにどうしていいのか困惑している。

「で、運命の人」

こともなげにユリを指し、さらりと言ってのける。
軽いダレンから言い続けられた、とても軽薄な言葉が、なぜかある程度の重さをもって路地に響く。

「だ、だめだ、いくら老師の弟子といえど、ユリは私の子を生む存在」
「だーれーがー、そんなもん産むか!!」

少しだけ、ダレンの言葉にうっとりとしていたユリは、すぐさまヘタレの言葉に現実に戻る。
そう、陛下が近づき、これだけ時間がたつ、ということはもうすぐ例のアレが、近い、ということだ、と。

「えーーー、ダレン?お願いがあるんだけど」
「えーー、ユリちゃんのお願いならなんだって」

陛下たちに向けたものとは明らかに異なる声音で、ユリへと振り返る。

「ニアに、ご主人様を誘拐した犯人をみつけたから、これから大きな町へ言って訴えてくる、とでもいいつくろってくれるかな?」
「なんだそりゃ」
「まー、ちょっとあれな嘘だけど、何もなしにお別れじゃあね、心配させちゃうでしょ?」
「いやいやいや、お別れなんて」
「お別れなんだよねー、これが。まあ、結構楽しかったよ、全部話せたし。あ、定食屋のご夫婦にも言っといて、適当に」
「は?ちょっとまってよ、今生の別れみたいな」
「つーことで、ヘタレ、もういいかげんあきらめろ!」

陛下たちに罵声を浴びせ、ユリの姿は掻き消えた。
呆然とするダレンと、あからさまに肩を落とす陛下たち三人組は、顔を見合わせる。

「スリリル、か、抜かったな」

ダレンは、ぽかんと口をあけたままの三人組を放置し、己の準備、判断不足を嘆いた。

「本当にいいかげん諦めろ、次からは俺も彼女の側の人間だ」

その言葉を残して、ダレンの姿も消えた。
情けない一行と、それでも商売を諦めないたくましい女性たちを残して。



ユリは、ここにきて、一生分の怨嗟を吐き出している。
暗い。
湿っている。
何よりも痛い。
次に飛ばされた先で、ユリは前回無人の路上に放置されたとき以上の恨み言をスリリルへと募らせていた。


7.17.2009
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